ピンボケ写真の彼ら

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放課後、部室にてイツキは夏休みに開催される「PTG」の試合についての詳細を聞かされていた。 「初戦の相手は、どこなんですか?」 「――“菊雛”だ」 カイの言葉に、マドカとナツメが押し黙った。 私立菊雛学院といえば、偏差値の高い有名どころだ。 「最悪だな……菊雛か……」 ナツメの呟きに、詳細を知らない一年のイツキが問う。 「強いんですか?」 強いというか…、と呟いたカイが、前髪をかき上げながら苦い表情になって言う。 「菊雛の二年に、やっかいなのがいるんだよ」 やっかいなの? と首をかしげるイツキに、補足するようにマドカが苦々しげに言葉を発する。 「水無月と浅田ですよね」 その名前を聞いた瞬間、イツキ以外の全員が天井を仰いで、どこか遠くを見つめる目になった。 菊雛学園二年、水無月友禅と、浅田黎菜。 直接対決するのは今回が初めてだが、これまでに生で試合を観戦したこともあるし、対策のためにと録画した試合映像でも見たことがある。 一人置いてけぼりにされキョトンと目を瞬かせるイツキに視線を戻して、ナツメが悔し気なため息をついた。 「あー……やっかいっつーか、なんつーか、マジで本職なんじゃねぇのって言いたくなるくらい、すげえプレイをすんだよな……あいつら」 同学年であるナツメの目から見ても、あの二人はずば抜けて優秀な選手だとわかる。 彼らは、運動神経が優れているとか、パルクールが天才的すぎるとか、そういうのではなくて、もう本物ですと言われた方が思わず納得してしまいそうな、そんな魅力的なプレイをするのである。 「ドロケイで本職って……現役警察官とかですか?」 そんなまさか、だってまだ学生だし。では、泥棒? それこそまさかだ、とイツキは声には出さずに否定する。 「特にシーフの時は、ヤバイね」 ナツメに同意するように頷いていたマドカが補足する。 「やばい、というのは?」 イツキの問いに答えたのはカイだ。 「例えば……エリアには、観客用の隠しカメラが何台も設置されてるんだが……」 カイは一旦言葉を切ると、真顔になって告げる。 「あいつらは、その隠しカメラに映るとき、ほぼカメラ目線だ」 「いや、ほぼじゃない! 絶対ですよ!」 カイの言葉をマドカが間髪入れずに訂正した。 「え? カメラ、って、隠してある、んですよね?」 「あぁ。俺たちだって、どこにあるかなんて把握してないし、試合中は気にしてる余裕なんてない」 嘘偽りでなく先輩たちの本気の言葉を感じ取り、まだ出会ったことすらないその選手二人に、イツキはじわりと得体のしれぬ不気味さを覚えた。 「それだけじゃない」 淡々とした口調で告げたのはトウヤだ。 「あいつらは残念なくらい、写真写りが悪い」 しゃしんうつりが、わるい。 言葉の意味がすぐには理解できなくて、はてなと首を傾げたいつきに、マドカが解説する。 「競技中、広報部が選手の写真を撮ってるんだ。ちなみに、二割が新聞記事用で、八割は後でブロマイドとして生徒に売るのが目的」 え、いいのそれ。ありなのそういうの? とイツキの脳裏に疑問が浮かんだが、文化祭で写真集が販売されるくらいだから問題ない、とトウヤが補足してくれる。 確かに、PTG担当の服飾部が魂込めて制作したシーフまたはポリスの衣装は、かなり精巧な作りで出来もいい。 PTGは競技だけでなく衣装部門もあるくらいだから問題はない、ということか、といつきはとりあえず無理やり納得しておく。 「あいつら、いっつも写真ブレてんだよなー」 心霊写真かってくらいぶれっぶれ、と肩をすくめてナツメが笑う。 「それは……運が悪いんですかね?」 半目になったりとか、写真写りが悪い人間なんて案外いると思うけどなぁ、というイツキの考えを悟ったのか、マドカが言う。 「その一言で片づけるには、ちょいとひどすぎるくらいなんだわ」 「というと?」 「集合写真でも、インタビュー写真でも。ぜんっぶダメ」 「…………それある意味怖いですね。わざとじゃないんですか?」 マドカが差し出してきたのは、去年の試合記事が載っている雑誌だった。 各学校の選手紹介がされているページを見て、イツキは目を丸くするしかない。 静止画ですらぶれると? どれだけ落ち着きのない人たちなんだろうか、いや写真に写りたくないから、わざとピンボケ写真になるように振る舞っているとか。 「通常の写真撮影ならわかるが、隠し撮りすらもだぞ?」 「それは……もうなんか、その人たち呪いでもかかってんじゃないんですか?」 「写真撮られると必ずブレる呪いか?」 トウヤが眼鏡の奥の瞳を細める。 「だから、あいつらの写真は結構レアモノとして高値で売れる」 「だが、今のところはピンボケ写真しか撮れたことがないらしい」 「へぇ……」 ピンボケ写真を高値で売るとかどれだけぼったくり、というか需要あるんだ、とイツキ心の中で思った。 あぁ、だから衣装部門の評価のためでもあるだろうが、選手たちの衣装作りに服飾部が命かけている理由が、何となくわかったイツキであった。
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