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彼女は困惑したように肩をすくめ、「ごめんなさい。私にはわからないです」と小さく返した。
この時アシュリーは思考する。
″ああ、これじゃジェットは一生伴侶ができそうにない。鼻はちょっぴり腫れぼったいけど、顔は悪くないんだから惜しいよね。後退を始めた生え際がタイムリミットの指標ってところかしらね″
本人にその旨を伝えないのは、黙っていろと釘を刺されたからであると、後に思想履歴を読み返されて言及されても弁明できるように保存しておいた。
「それにしても、今日は珍しく遅くまでいるんですね」
「ええ。もしかしたら、ここに来るのは今日で最後になるかもしれないので」
思いにもよらなかった発言に、ミレナが目を見開く。心なしか背筋が伸びたようにも見受けられた。
「それってどういう意味です?」
ジェットは壁にかけられた丸時計に目を見遣る。
――約束の時間だ。
先ほどの合成肉のグリルを平らげた男が席を立ち、レシートを握ってレジを目指して歩き出していた。ジェット本人は人の事を言えないが、絵にかいたような浮浪者といった風情の、ボロボロのスポーツジャンバーを着た痩身の男だ。
着たきり雀な身なりと体の手入れさえ行き届いていない錆びついた顔からみられる困窮の度合いが、落伍者の末路のサンプルといわんばかりの哀愁を漂わせていて見るに堪えられなかった。
彼の全貌を見届けられるように同じく席を立ち、左瞳孔に内蔵したカメラを起動した。本人の意向により映像を残してほしいとのことだったので、できるだけちゃんとした画を撮ってやるべきだろう。
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