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消灯された廊下は地の果てまで続いているとさえ錯覚できた。
外部からの採光を目的とした窓はない。太陽に神が宿っているのだとしたら、その目が届かないであろう地下100メートル地点を選択してまでここを埋設した事実は、かつて存在した従事者たちが抱えた罪悪感の裏返しでもあった。
正方形のトンネルを覗いているかのように、暗く、森閑とした一本道には有機的なぬくもりの一切を感じることはできない。
不中性化材でコーティングされたコンクリート壁に刻まれる【セクターⅥB】の印字は、言葉自身さえその語意を忘れてしまっていることだろう。
まるでこの施設は、生きたまま時間を止めてしまったかのようであった。確約されていた筈の永遠に不意の休止が訪れ、ただ音もなく、いつまでも再始を待ち続けているのだろうか。
沈黙を破ったのはセクターⅥBの最奥、廊下に面したモニタールームからだった。
建築基準法に準じて設置された引き違い戸のガラスが、点呼の要領で先端から弾けだす。
同時に、室内からは明滅と銃声が繰り返され、窓越しの廊下壁に弾痕で曲線を描いた。透明な小動物が縦横無尽に駆けて、存在証明としてのその足音だけをかろうじて追うことができているかのようだった。
それから4秒ほどの沈黙を置き、硝煙が消えぬ中、闇をかぎわけて一人の男が割れた窓を這って廊下に転がり込んだ。
マードマンは、命の危機に瀕していた。
デニム生地のツナギにMA-1という作業員風のいで立ちで、ニット帽子から伸びたもみあげと顎髭はヘルメット紐のように連結して顔を覆っている。中肉中背で、毛深さの印象とは裏腹に熊のようだと形容するにはいささかやせ細ってもいる。
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