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深くて昏い森の優しくて草食性のバケモノ
人里から遠く離れた、日の光が殆ど入らない深くて深くて暗い森に、一匹のバケモノが住んでいました。
森の木くらいの背丈を持つ、その全身が木の枝ととげとげの毛に覆われたような大きなバケモノは、森の中で一人ひっそりと草をむしゃむしゃ食べて暮らしていました。
そんなバケモノのもとに、ある日薄汚れた少女がやってきて言いました。
「あなたがみんなが噂していたバケモノなのね。ねぇそうでしょう?」
突然どこからか現れたその少女にバケモノはとてもびっくりしました。バケモノがいるのはとても深い深い森の奥です。人の言葉を話す存在と会うことなど滅多にありません。バケモノはとても緊張しながらゆっくりと話し始めました。
「多分、そうだよ。君はどうしてここに?」
バケモノは疑問に思ったことを少女に聞きました。
「私ね。捨てられたの」
少女は、ぽつりぽつりと、しかし淡々と話し始めました。
住んでいた村の作物が今年は全然取れなかったこと。冬を越せないことが子供の少女にも分かったこと。母親がこの道をずっと行けば隣の村に行ける、と言って少女を送り出したこと。
「それで歩いてたら私、あなたの前にいたの」
少女はニコリと笑って言いました。バケモノにはなんで少女が笑っているのか分かりませんので、ただ不思議なこともあるものだなあと言いました。
「ねえバケモノさん、私を食べてくださらない?」
少女は嬉々とした目でバケモノに言いました。バケモノは
「え"っ」
と露骨に嫌そうな声を出しました。バケモノは途端に自分の脚ほどまでしかないこの少女のことが怖くなりました。
バケモノは草食性でした。森の木の実や草を主にもしゃもしゃと食べていました。肉、はバケモノにまだ母親がいた頃には食べていたかもしれませんがそれも遠い遠い昔のことで、食べた記憶すらもうありません。それにバケモノは森の動物が傷ついているのを見かけたら直してもあげる、心優しいバケモノでした。
思慮深いバケモノは、少し悩んだ後、記憶の片隅にあった母親についての話を思い出して、少女に言いました。
「多分、君や君の村の人達が言っていたバケモノは僕の母親のことだよ」
バケモノの母親はもともと人間だったそうですが、ある日村の男に裏切られて村を追い出されたらしい。その後母親は男と村に復讐するために身体をバケモノにする秘術を使って復讐を遂げたんだとか。その後、僕=今少女の目の前にいるバケモノが生まれた。
「だから僕は君を食べてあげることはできないんだ。ごめんね」
と優しいバケモノは少女に謝りました。その一連のお話にキョトンとした少女は、
「なぁんだ。つまんないの」
と言って苔むしたふかふかの大地に大の字で寝転がりました。
「じゃあ、もういいや」
そう言って、少女は目を瞑りました。バケモノは少女の気の強さに圧倒されてしっかりと少女のことを見ていませんでしたが、改めて見てみると少女はやつれ今にも死んでしまいそうでした。
これはいけないとバケモノは少女を家に連れ帰り、小さな木の実と綺麗な水をぐちゃぐちゃに混ぜたものを少女の口に無理やり飲ませました。
数日間バケモノが介抱した後、少女はすっかり元気になっていました。そして、
「私もここに住む!」
と言い出しました。バケモノは困りました。少女はひとまず元気になりましたが、それはあくまで一時的です。人間である少女が生活していくにはこの森の木の実だけでは全く足りないことがバケモノには分かっていました。ですからバケモノは少女に言いました。
「この森を君が来た村とは反対方向に歩いて行けば、違う村があるからそこまで歩いて行くんだ。いいね」
バケモノはそこまで歩いて行ける分の木の実と水を葉っぱに包んで、少女を送り出しました。あとは少女が無事たどり着ければいいのだけれど、バケモノはそう願いながら草をもしゃもしゃと食べました。
しばらく後、少女は木の実と水を空にしてバケモノの家に戻って来ると、げふーとゲップを出してバケモノの隣に寝転びました。
季節は冬を迎え、森で木の実を見つけることは困難になりました。日に日に少女が食べられる木の実は減っていき、月の満ち欠けが一回りする頃には少女の手足はすっかり細く、自分では歩けないまでになっていました。
優しいバケモノはせっせせっせとまだ食べられそうな木の実と水を運び、少女に運んでいましたがもう飲み下すこともできないようでした。
月の綺麗な夜、少女は消え入りそうな声でバケモノに言いました。
「私、あの日、あなたに会えてよかった」
それだけ言うと、少女は目を閉じました。バケモノはとてもとても悲しくなって、涙をこぼしました。
ふと屋根から溢れた月の光が少女と、バケモノの家の奥底にあったある書物を照らし出しました。ふと気になったバケモノはその書物を取り出し、そして――
人里から遠く離れた、日の光が殆ど入らない深くて深くて暗い森に、二匹のバケモノが住んでいました。
森の木くらいの背丈を持つ、その全身が木の枝ととげとげの毛に覆われたような大きなバケモノは、森の中で二人楽しそうに草をむしゃむしゃ食べて暮らしていました。
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