優しい恋の忘れ方

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 俺達の仕事はドラマの背景を作ること。俗に言う美術スタッフだ。勤務先はテレビ局の美術関連を請け負っている子会社である。  美術スタッフの仕事はとてもハード。なにしろ、ドラマであれば撮影の前にセットが出来上がっていなければいけない。毎日が締切に追われる感覚だ。最初の頃はちょっとしたトラブルもあり、納品直前に徹夜で作業もした。今回はスタジオだったからよかったけど、映画だとロケ地へ同行してまるまる一ヶ月アパートへ帰れないなんてこともある。俺は独身だからいいけど、家族持ちの人間はものすごーく大変だ。 「あー、見て見て! みきちゃんが作ったキッチン! 最高にかっこいいよね!」  拓郎が俺の肩に腕を回し、はしゃぐ。 「見てる見てるよ。てか声がでかい」 「ひゃははは」  今回俺達が携わったドラマはラブコメで、仕事に疲れた人たちが週末、気軽に楽しめることをコンセプトに作られた。そのためリアリティをとことん追求するのは避け、主人公の住む部屋の内装に徹底的にこだわった。シンプルで使い勝手が良くて、かっこいいキッチン。センスのいいリビング兼ベッドルーム。可愛らしい小物類。放送中や終了後、あの小物はどこに売ってるの? とか、主人公の着ていたルームウェアが欲しい! とSNSで話題になり、俺と拓郎はその度にハイタッチして喜びあった。ヤホーニュースで番宣の記事が出た時も、「主人公の住む部屋に憧れる」という声もある―― なんて一文もあって、テンションがめちゃめちゃ上がったものだ。  何度も観たドラマだけど、始まってしまえば割と見入っちゃうもんだ。気がついたら合間のCMまで見てて、「CM飛ばせよ」と拓郎を振り返ったら、拓郎はソファにもたれて目を閉じていた。久しぶりのアルコールにすっかり酔っ払っちゃったらしい。 「も~。たくろー? 寝るならベッド行けって。風邪引くぞ」 「ん~ぅ。……まだ、ねないよお?」 「目ぇ開いてないから」  がっつり飲んでようと、飲んでなかろうと、結局ベッドまで運んでやらなきゃいけないのね。  拓郎の右腕を自分の肩に回し、「たくろー立てる?」と顔を覗きこんだ。そしたら拓郎の目が開いてて、俺を見てるからちょっとビックリした。 「なんだ。起きてんじゃ……」 「ん」の所で、拓郎の唇が俺のに触れた。  目をパチクリして固まる。  こ、これは……酔っ払いのおふざけ……?
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