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一瞬だった。
「ちょ、チカまっ……んっ」
ぎゅっと押しつけるだけのキスをして、チカはすぐに離れていった。突然のことにビックリしすぎて心臓バッコバコのオレを置き去りに、優雅に微笑んでいる。相変わらず、野獣への変身がすばやすぎるんですけど。
「夜の撮影会、楽しみにしてるね」
語尾に音符でもつきそうなるんるん調子で言ってから、チカはまた身を寄せてきた。今度は耳たぶに唇が触れそうな位置から吐息だけでこしょこしょ囁かれて、全身がゾクゾクと震えてしまう。そういうの反則だけど、待って、言った台詞も大概反則なんですけど……?
「ハ……、えっ、ちょっとなに言ってんのチカ……!」
「声大きいよ。……約束ね?」
動揺しまくって叫んでしまったオレをみて、いたずらが成功した子どもみたいに無邪気に笑う。でも子どもはいまみたいなこと言わないな?
「まっ、チカ、約束とかしないし待って、え、休憩終わり? え?」
「うん。じゃああとでねサク。約束忘れないでね」
「えっ、こら、チカ……っ」
立ち上がったチカが容赦なく事務所につながるドアを開けたので、慌てて声を抑えた。そのすきに、含み笑いのままチカが去っていってしまう。
なんなの、去り際の爆弾投下やめて。
突如ひとりきりになったロッカールームで、だけどひとりじゃないみたいに爆音でドックドックと鼓動が暴れまわってるのがわかる。膝を抱えてる腕が揺れちゃうくらい激しい。
「……え、……マジ……?」
バレンタインだし誕生日だし約束したしねえお願い、っていくらでもマシンガンぶっ放ってオレをねじ伏せてきそう、チカのやつ。流される自分を容易に想像できてしまうからまた恐ろしい。
頭を抱え込んでうんうん唸っていると、ガチャ、とドアが開いて疲れた顔の星児さんが入ってきた。
「あれ、結城もいたの? お疲れ」
「お疲れ……って、ん? ……星児さん?」
「はい? なに、星児さんだけど。チカに見える?」
その瞬間に疑惑は確信に変わった。
……犯人、こいつだ。
「あんた……チカにへんなこと吹き込むのやめろよ……」
覇気のないヨレヨレの声で訴えたオレを見下ろして、星児さんがきっちり三秒間だけ我慢してから盛大に吹き出した。
「ハッ、おめでとう結城。今夜は記念日だな」
「こらっ……!」
笑いすぎで涙まで流し始めた星児さんを横目に、オレは深く息を吐いた。
サクさん23歳、恋人の誕生日に最大のピンチ到来。
……マジかー。
Fin.
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