こういうことだったのかな。

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合奏の時間になり、教室などでパート練習をしていた部員達が音楽室に戻ってきた。程なくして錦野も来て譜面台にスコアを置き、ページをめくった。 「“見上げてごらん夜空の星を”、頭から!」 「はい!」 錦野の言葉に部員達は返事をして、それぞれの譜面台にある楽譜をめくり楽器を構えた。全員が自分を見ていることを確認し、錦野は指揮棒を振った。 『ん…』 演奏を聴き、これまでとは明らかに違う、と錦野は感じた。それは、皆の心が一つに纏まった、心地のいい音だった。そして、賢二のトランペット・ソロへ。賢二が立ち上がりトランペットを演奏した。 これは…!と、錦野は驚いた。部員達もその音に感動して、その先の演奏をピタ、と止めてしまった。あれ、俺、何かおかしいことしたかな、と賢二が戸惑っていると、部員達が言った。 「とても優しい音」 「心にすっと沁み込んでいく感じ」 「聴き入ってしまって、思わず演奏止めちまった…」 「そ、そうかな…ありがとう」 少し照れた顔をして、賢二が言う。賢二と部員達の間に温かく、和やかな空気を感じながら、錦野は、どうやら賢二は“自分に足りないもの”に気づいたようだな、と目を細めた。 「はい、Bの三小節目から!」 「はい!」 指揮に合わせ、部員達が再び演奏する。穏やかな表情で演奏する賢二を見て、賢一もほっとして笑った。 「帰ろうぜ、賢二!」 「あぁ」 クラブが終わり、楽器を片づけ終えた賢一と賢二は揃って学校を出た。外はもう真っ暗だったが、空気が澄んでいて、たくさんの星が輝いていた。 「(さみ)ぃーなぁ…でも、心ん中は(あった)かい」 「そうだな。これまで重くのしかかっていたものが軽くなった。これからは、許してくれたみんなの想いに応えていかなきゃな」 「だな」 賢二は空を見上げた。 「…母さんが望んできたことは、こういうことだったのかな」 賢二の言葉に、賢一も笑って空を見上げた。 「母ちゃん今頃賢二を見てほっとしてると思う。…きっとそうだよ」 空で見守ってくれているであろう母を想いながら、二人は家に帰っていった。                      -終わり-
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