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 二年生になったばかりの春。僕と雅紀くんが出会ったのはそんな穏やかな日だった。  昼休みに飲み物を買いに自動販売機へと行き、缶ジュースを買った僕は教室に戻るため渡り廊下を歩いていた。  渡り廊下を使う人は少ない。視聴覚室や教材の準備室など普段は使わない教室に行くときしか歩かない人がほとんどだろう。この先の階段を上れば屋上に行けるが、屋上もその手前の階段も不良のたまり場になっていると聞く。  不良の人たちとは関わりたくないが、僕はこの静かで人けのない渡り廊下を歩くのが好きだった。一度、渡った先の階段の上から何人もの笑い声が響いてきたことはあったけど、そこを利用している人たちと遭遇したことはない。授業に出ていない人もいるらしいから、きっと僕がうろうろしているようなタイミングで出歩く必要はないのだろう。  渡り廊下の開いている窓から入ってきた爽やかな風が頬を撫でる。その風につられるようにして窓の外を眺めていた僕は、向かい側から歩いてくる人物に気づくのが遅れてしまった。  とげとげしい空気をまといイラついた表情で歩いてくる人物は、この学校で有名な不良のひとりだった。苗字と、同じ学年だということは知っているがクラスが同じになったことはないから、それ以上は知らない。  気だるげな足音をたてて近づいてくる金髪から目をそらす。大丈夫、このまますれ違うだけだと自分に言い聞かすも、やっぱりそばにいるだけで怖い。このまま、なにか言いがかりとかをつけられる前にいなくなろうと動かす足を速くした。  渡り廊下の中央のあたり。そこで緊張で身体を硬くした僕とその男子の身体がすれ違った。  目を合わせないように俯いて歩いていた僕の肘が強い力で掴まれる。突然のことに驚いて顔を上げた先には、僕の顔を覗き込む力強い瞳があった。 「なんかお前、すげぇいい匂いがする」 「え?」  匂いって、どんな? 戸惑いながらも僕のことを見つめる瞳から急いで視線を外す。これ以上なにかを言われても嫌だったし、単純に不良の人と目を合わせているのが怖かった。 「俺のこと知ってるか?」 「……萩本くん、だよね?」  どうして自分が今まで接点のなかった不良に肘を掴まれているのかわからないまま、恐る恐る質問の答えを返す。数秒沈黙が落ちたが、不良の彼、萩本くんは僕の肘を掴む手を放そうとはしなかった。 「お前、名前は? 二年か?」 「二年の、柳葉薫……」 「薫」  掴まれている肘が痛い。かおる、とゆっくり発音を確かめるように名前を呼ばれ、なぜか僕はまた顔を上げてしまった。 「ん」  視線が合わさる暇もなく唇を塞がれる。キスをするのは初めてだったが、このキスが恋人同士がするような甘さを一切含んでいないことはすぐにわかった。  なんで、こんなことをされているんだ。萩本くんは僕をどうしたいんだろう。なにもわからなくて、驚きと恐怖で心臓は痛いくらいに速い鼓動を刻む。けれどこのキスで体の奥に熱が生まれたのも確かだった。  僕の唇を食むように何度も繰り返されるキスに耐えながら、ぎゅっと閉じていた瞼を少しだけ持ち上げると、まるで獲物を前にした獣の目が真っ直ぐ僕に向いていた。
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