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 廊下を歩く俺のことを避けるかのように他の生徒たちは道をあける。様子を窺ういくつもの視線をうざったく思いながら、渡り廊下へと入った。  この先の階段に仲間たちがたむろしているだろうから、学校に着いて初めにそこを目指している。せっかく学校には来たが昼休みが終わった後の授業を受ける気にはなれなかった。 「イラつくなぁ」  ひとりで抑えきれない感情を溢してみるが気分が良くなることもない。登校途中に絡んできた他校生のおかげで学校に来る前からどうしようもなくイライラしていた。  渡り廊下を歩いていると、反対側から歩いてくる男子が目に入った。目を隠すような長い前髪にきっちりと制服を着ている、地味な存在。そんなやつとすれ違うことにすらイラついてしまい、チッと短く舌打ちをする。  渡り廊下を半分歩いたところで、その地味な男子生徒とすれ違う。俯いていて顔はよく見えなかったが、すれ違う瞬間、強烈な匂いに襲われた。頭を、本能を揺さぶるような強い匂いに、とっさに横の身体に手を伸ばす。 「なんかお前、すげぇいい匂いがする」 「え?」  持ち上げられた顔の表情は驚きで満ちている。あぁ、こいつこんな顔をしていたのかとどこか頭の隅で思っていた。反射的に俺に向けられた瞳は戸惑いで揺れ、すぐに俺から視線が外される。 「俺のこと知ってるか?」 「……萩本くん、だよね?」  こいつは俺のことを知っているらしいが、俺は目の前のこいつが誰で、何年なのかさえ知らなかった。自分とは関わることのない部類の人物。それは外見からはっきりわかっているし、俺も今までは関わろうと思ったこともなかったのに、こいつが欲しいと、本能が叫んでいる。  身体がかあっと熱くなり、心臓がどくどくと鳴り響く。血液が体の隅々までいきわたっていくのがわかる。それは喧嘩で殴り合いをしているときと似た感覚だった。 「お前、名前は? 二年か?」 「二年の、柳葉薫……」 「薫」  かおる、と聞いたばかりの名前を繰り返す。ただすれ違っただけのやつに突然こんなに興味をひかれるなんて自分でも不思議だった。  俺が名前を呼んだからか、一度伏せられた顔がまた上げられる。完全に持ち上げられるのを待たずに、薄い唇に俺は唇を押し付けていた。 「ん」  鼻に抜けた声が鼓膜に届く。相手は恐怖でか身体を硬くしているし、キスの受け方もぎこちない。こんなキス、気持ち良いはずがないのに、なぜか俺の身体は火照っていた。腹の奥に、ずん、と大きな熱が灯る。  爽やかな風が吹き抜ける学校の渡り廊下で、俺はひどく欲情していた。それも初めて見かけた、存在感のない地味なやつに。  繰り返すキスに夢中になりながらも、自分にとって特別な存在が見つかったのだと確信していた。
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