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06
ざぷん、と大きなしぶきが上がり、客席まで飛んできた水滴が僕らを濡らす。視界の隅に入っている金髪が太陽を受けきらりと光った。
「さぁみなさん、もう一度ジャンプしますよ。前のほうの方は濡れないよう気を付けてくださいね」
はきはきとした明るい声を出すウェットスーツのお姉さんをぐるりと囲む客席は、興奮の熱気を漂わせていた。喜ぶ子供の声や、すごい、と感心する声がどこからか聞こえる。
中央のステージに立つお姉さんのそばにはプールがあり、客席の人たちはみんなそこを見つめていた。僕たちには掠れて聞こえる高い笛の音が鳴ったかと思うと、波打つ水面から灰色の体が飛び上がる。
その体は信じられないほど高く飛び、空中で一回転しながら落ちてくる。プールに体が叩きつけられると、また大きな水しぶきが上がった。
雅紀くんと水族館のレストランで食事をしてからやってきたのは、一日に数回やっているイルカショーだった。お姉さんの笛に合わせてジャンプをし、芸を見せるイルカに、僕も周りの人たちも笑顔で手を叩いている。
「すっげぇ」
僕の隣に座っている雅紀くんも、イルカショーを楽しんでいた。すげぇと漏れる声や自然な笑顔で彼が存分に楽しんでいるのがわかる。
「薫、そっち濡れてねぇか」
「うん、大丈夫」
向けられた笑みに自然と僕も笑顔で返しながらも、心臓は大きく跳ねていた。今まで目にしてきた雅紀くんの顔は、気だるげなものか、不機嫌なものか、イラついているものか、それか強く欲情しているものかだった。
だから年相応に無邪気に笑う雅紀くんに、新鮮さを感じる。普段は目つきの鋭い瞳が細められた笑みは、自分と同じ高校二年生の男子のものだった。
よくわからないまま誘われ、怖くて断るなんてことができずに今日水族館まで来たけれど、雅紀くんとの距離が少し縮まった気がする。僕たちは友達ではないが番として顔を合わせることが多いため、こうして雅紀くんとの距離が近づくのは単純に嬉しい。
雅紀くんがなぜ急に僕を誘ったのかはわからないけど、彼との関係が少し変わったのを心の中で喜んでいた。
「こんな近くでイルカ見れるもんなんだな」
お姉さんからご褒美の魚を受け取るイルカに目を向けたまま雅紀くんが言う。その顔は学校一恐れられている不良のものとは違い、初めて雅紀くんを怖くないと思えた。
雅紀くんと一緒にいる仲間たちは、雅紀くんのこんな顔も知っているのだろうか。そうだとしたら、いや、そうでなくても僕も雅紀くんのいろんな顔を見てみたいと思う。
まだ遠いかもしれないが、いつか彼らのように、そばにいて当たり前のような、自然な空気を共有することができるのだろうか。そうだと良いなと思う僕の耳に、また明るい声と笛の音が届いた。
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