母子

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 あのおぞましい化け物たちがこの世界に蹂躪するようになってからどのくらいが経つのだろう。  近年、奴らは増殖傾向にあり、私たちの生活はじわじわと窮地へ追いやられている。  増えているだけならまだしもたちの悪いことに、奴らは毒ガスや兵器などを量産して私たちへの攻撃態勢を日に日に強化させているのだ。  それでも辛い世界に嘆いている暇はない。  私のお腹には小さな命が宿っている。  だからどうしても、愛する我が子の栄養分を確保する必要があるのだ。  食料はどこにあるのか。これが最大の問題だ。  その大切な栄養は化け物たちが持っているのである。  私はこれより仲間と共に、奇襲攻撃をかけて食料を手にする、栄養奪取計画を実行する。  ***  私は仲間の明美、百合と怪物たちのすみかを探し当て、玄関のすぐそばに置かれた植木鉢の後ろに隠れていた。  そのうち、どこからともなく異臭が漂ってきた。 「来たわよ……」  明美の額には汗が滲み、百合は小刻みに震えている。  巨大な怪け物が近付いてくる。  あれはメスだろう。その姿は近くで見ると、普段遠くから見ているよりも一層おぞましく見えた。  怪け物は住居の巨大な門を開けた。 「今だ!」  私たちは怪け物に気づかれないようにその後ろに張り付いた。  何とか住居の中へ侵入できた。門が後方で閉まる。  ここからが関門だ。どのタイミングで奇襲をするか。  私たちは怪物から離れて息を潜め、攻撃のチャンスをうかがう。  巨大な棚の横で影に身を沈め、時を待つ。  しばらくして、怪物はソファにどっしりと座り込むと居眠りを始めた。 「準備は良い?」  私は冷静に言った。  明美と百合が無言で頷く。  私はお腹に手を当てて「きっと、大丈夫だから。今からご飯を取りに行くからね」と囁いてから、目をつぶって三人の無事を祈った。 「行こう」  明美も百合も目には涙が浮かんでいた。  全神経を目の前に集中させ、私たちは化け物に向かって突進していった。  その時だった。横に立っていた風を吹く怪物の首がこっちを向いたのだ。  私たちは強力な風に吹き飛ばされた。轟音に耳が聞こえなくなる。  私と明美は何とか体勢を持ち直し、一旦部屋の隅に逃げた。 「あれ、百合は……?」  明美が不安そうな声を漏らす。  由利の姿はどこにも見えなかった。おそらく風に吹き飛ばされてはぐれたのだろう。  私と明美は目を合わせてうなずくと、再び寝ている怪け物に飛び掛かった。  突然、怪物は立ち上がって背伸びをした。  私たちは予想外の動きに体が追いつかず、巨体に衝突し、はじき返された。  頭がクラクラする。  ふと異様なにおいが鼻をかすめる。すみかの窓に目をやるとそこには網が張られており、そこから流れ込む煙がこちらへと向かってきていた。  それが毒ガスだと理解する前に、私と明美は煙に包まれていた。  苦しい!  私は息を止め、目をつぶって煙が流れてくるのと逆の方向へ逃げた。  命からがら安全な所まで移動して物陰に身を隠す。 「明美! 生きてる!?」  煙が目に染みて前がよく見えない。 「明美! 聞こえたら返事をして! 明美!」  ようやく目の痛みが引いてきて、私は部屋の中を見渡した。  それを目にしたとき、私は心臓を何者かに鷲掴みにされたような心地がした。  毒ガスに命を奪われ、床の上に転がった無残な明美の死骸。  そこから少し離れた所には百合が転がっていた。彼女は風に流され、そのまま毒ガスの渦中へと引きずり込まれてしまったのだろう。  あまりにも残酷な死だった。  私は泣き崩れそうになるのを必死にこらえた。こんな所で泣いている暇はない。  いち早く食料を手にし、ここを出るために意志を強く持たなくては。  全てはお腹にいる、我が子のため。  二人の命が失われた今、彼女たちの犠牲を無駄にはできない。  私は怪け物の後ろに忍び寄った。    いける!  勢いをつけたときだった。  すみかの入り口から、怪け物の子どもが発する甲高い声が鳴り響き、背を向けていた怪け物がこちらを向いた。  目が合う。  私を見つけた怪け物は暴れはじめ、叫びながら手を振り回した。  私は素早く怪け物の手の間をかいくぐり、一時退散した。  予想よりはるかに手強い。  部屋の端まで逃げて息を整えていると、不意に背後の巨大な扉が開き、怪け物の子がヌッと顔を出した。  私は驚きのあまり身動きが取れなかった。  逃げなきゃ!  時既に遅し。  逃げだそうと背を向けた私を挟むように、子どもの手が両側から迫ってきていた。 「待って! 私のお腹には赤ちゃんがいるの!」  体中の力を振り絞って、叫ぶが誰にも届かない。  私は虚しく怪物の手に押しつぶされた。
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