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僕の彼女は絶対に写真を撮るとき変顔をする。
――僕は困っていた。
元凶は、僕の彼女であるミヤコの所業だ。
僕の彼女は絶対に写真を撮るとき変顔をする。
そんな彼女の行いのせいで、僕はほとほと困り果てていた。
……今から一時間ほど前。
僕はここ一年の間に撮影した写真を見返そうと思い、久しぶりにパソコンの画像フォルダを開いた。
そうして画面を埋め尽くす無数の変顔写真を目にして、僕は「ブフッ!」と噴き出してしまった。
「ぷっ、くくくっ……! いやいや、ミヤコの変顔写真だらけなのはわかってたことだろ」
僕は必死に笑いをこらえながら、画面をスライドショーに切り替えて写真を一枚一枚確認していく。
何の取り柄もない無趣味な僕が「写真を趣味にしよう」と思い立ち、勢いにまかせて一眼レフカメラを購入したのは一年前のことだ。
それ以来、僕にとって一番の被写体である恋人――ミヤコを数え切れないほと撮影してきたわけだが……。
「マジで一枚もまともな顔がないな……」
記念写真や日常のスナップ写真はもとより、不意打ちで撮影したものや、果ては居眠りしている寝顔でさえも、ミヤコは全部の写真に変顔で応じていた。
時にくわっと目を見開き、時に下あごを突き出し、時に指で鼻を持ち上げ、時に両手で顔面をびろーんと伸ばして、アルバムの中のミヤコはバリエーション豊かな変顔を披露している。
「ここまで徹底されると執念すら感じるな……。普段は大人しいくせに、なんで写真を撮るときだけこんなにアグレッシブなんだよ……」
変顔スライドショーを眺めて苦笑しながら、僕は自然とミヤコとの出会いを思い出していた。
あれは三年前のこと。
とあるオンラインゲームにはまっていた僕は、仲良くなったメンバーで集まってオフ会を行った。
そのとき、飲み屋でみんなが盛り上がる中、テーブルの隅っこでニコニコ笑っていたのがミヤコだった。
ゲームでは超攻撃的な戦法を得意とするイケイケなプレイヤーだった彼女が、実物は大人しくて控えめな女の子だったことに、僕は大層驚いたものだ。
『ゲームの中では現実と違う私になれるでしょ? 私はゲームのそういうところが好きなの』
ちびちびとカクテルを飲みながら、ミヤコはそう言ってふにゃりと笑った。
その笑顔がすごく可愛くて、僕はあっという間に恋に落ちたんだ。
「なのになんで変顔の写真しかないんだよ……」
僕は恋人の可愛い笑顔を撮影したかったのに、当のミヤコはいついかなるときでも絶対に変顔を崩さなかった。
もちろん、僕だって何もしなかったわけじゃない。
最初のうちはミヤコに問いただしていたものだ。
『なんでいつも変顔するんだよ。もっと普通の写真も撮らせてくれよ』
僕がカメラを構えたままそう尋ねると、決まって彼女は変顔で答えていた。
『だってこうしておけば、私の写真を見たあなたは必ず笑顔になるでしょ? 私は好きな人にはいつも笑っていてほしいのよ』
――私はあなたの笑った顔が大好きだから。
……可愛い恋人にそんないじらしいことを言われたら、「変顔をやめろ」なんて言えなくなって当然だろ?
だから僕は変顔をやめさせるのはあきらめて……いつか彼女が油断して、カメラの前で笑顔になってくれるのを待つことにしたんだ。
「そうそう。二人でいろんなところへ行って写真を撮ったよなぁ」
次々と映し出される写真を見て、僕はここ一年の出来事を振り返る。
スライドショーで流れていく写真は、僕とミヤコの思い出の数々だ。
――春。
満開の桜の木の下で、桃色の花びらを頭に乗せたミヤコが変顔をしている。
――夏。
白い砂浜で、可愛い水着の上にパーカーを着たミヤコが変顔をしている。
――秋。
黄色い落ち葉が敷き詰められた公園で、肉まんを食べながらミヤコが変顔をしている。
――冬。
駅前のクリスマスツリーの前で、車椅子に座って白い息を吐きながらミヤコが変顔をしている。
不意に電子音が鳴って、僕はそばに置いてあったスマホへと視線を移す。
どうやらメールを着信したらしい。スマホの画面にはメールの差出人である、ミヤコのお母さんの名前が表示されていた。
文面を読まなくても、メールに何が書かれているかはだいたい想像がつく。
だから僕はメールを無視して、ミヤコの笑顔を探す作業に戻った。
スライドショーで、ミヤコの変顔写真が次々と流れては消えていく。
病院のベッドの上でも、ミヤコは変顔をしていた。
食事ができずにやせ細った体になっても、ミヤコは変顔をしていた。
ベッドで横になったまま、幽霊のように肌の色が真っ白になっても、ミヤコは変顔をしていた。
僕が「ミヤコの笑顔を写真に残したい」と願ってカメラを買ってから、一年が過ぎた。
スライドショーが終わって、僕は自分の願いを叶えられなかったことを知った。
『もっと普通にしてくれよ。なんでいつも変顔するんだよ』
『だってこうしておけば、私の写真を見たあなたは必ず笑顔になるでしょ? 私は好きな人にはいつも笑っていてほしいのよ』
彼女の言葉を思い出して――彼女の変顔を見て、僕は泣きながら笑っていた。
――僕は困っていた。
ミヤコのお母さんに頼まれて探していたけど、一枚も使える写真がなくて困っていた。
だって、変顔の写真なんて使えるわけないだろ。
僕は困っていた。
彼女の遺影に使う写真が見つからなくて、僕は泣き笑いながら困っていた。
僕の彼女は絶対に写真を撮るとき変顔をする。
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