僕の彼女は絶対に写真を撮るとき変顔をする。

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

僕の彼女は絶対に写真を撮るとき変顔をする。

 ――僕は困っていた。  元凶は、僕の彼女であるミヤコの所業だ。  僕の彼女は絶対に写真を撮るとき変顔をする。  そんな彼女の行いのせいで、僕はほとほと困り果てていた。  ……今から一時間ほど前。  僕はここ一年の間に撮影した写真を見返そうと思い、久しぶりにパソコンの画像フォルダを開いた。  そうして画面を埋め尽くす無数の変顔写真を目にして、僕は「ブフッ!」と噴き出してしまった。 「ぷっ、くくくっ……! いやいや、ミヤコの変顔写真だらけなのはわかってたことだろ」  僕は必死に笑いをこらえながら、画面をスライドショーに切り替えて写真を一枚一枚確認していく。  何の取り柄もない無趣味な僕が「写真を趣味にしよう」と思い立ち、勢いにまかせて一眼レフカメラを購入したのは一年前のことだ。  それ以来、僕にとって一番の被写体である恋人――ミヤコを数え切れないほと撮影してきたわけだが……。 「マジで一枚もまともな顔がないな……」  記念写真や日常のスナップ写真はもとより、不意打ちで撮影したものや、果ては居眠りしている寝顔でさえも、ミヤコは全部の写真に変顔で応じていた。  時にくわっと目を見開き、時に下あごを突き出し、時に指で鼻を持ち上げ、時に両手で顔面をびろーんと伸ばして、アルバムの中のミヤコはバリエーション豊かな変顔を披露している。 「ここまで徹底されると執念すら感じるな……。普段は大人しいくせに、なんで写真を撮るときだけこんなにアグレッシブなんだよ……」  変顔スライドショーを眺めて苦笑しながら、僕は自然とミヤコとの出会いを思い出していた。  あれは三年前のこと。  とあるオンラインゲームにはまっていた僕は、仲良くなったメンバーで集まってオフ会を行った。  そのとき、飲み屋でみんなが盛り上がる中、テーブルの隅っこでニコニコ笑っていたのがミヤコだった。  ゲームでは超攻撃的な戦法を得意とするイケイケなプレイヤーだった彼女が、実物は大人しくて控えめな女の子だったことに、僕は大層驚いたものだ。 『ゲームの中では現実と違う私になれるでしょ? 私はゲームのそういうところが好きなの』  ちびちびとカクテルを飲みながら、ミヤコはそう言ってふにゃりと笑った。  その笑顔がすごく可愛くて、僕はあっという間に恋に落ちたんだ。 「なのになんで変顔の写真しかないんだよ……」  僕は恋人の可愛い笑顔を撮影したかったのに、当のミヤコはいついかなるときでも絶対に変顔を崩さなかった。  もちろん、僕だって何もしなかったわけじゃない。  最初のうちはミヤコに問いただしていたものだ。 『なんでいつも変顔するんだよ。もっと普通の写真も撮らせてくれよ』  僕がカメラを構えたままそう尋ねると、決まって彼女は変顔で答えていた。 『だってこうしておけば、私の写真を見たあなたは必ず笑顔になるでしょ? 私は好きな人にはいつも笑っていてほしいのよ』  ――私はあなたの笑った顔が大好きだから。  ……可愛い恋人にそんないじらしいことを言われたら、「変顔をやめろ」なんて言えなくなって当然だろ?  だから僕は変顔をやめさせるのはあきらめて……いつか彼女が油断して、カメラの前で笑顔になってくれるのを待つことにしたんだ。 「そうそう。二人でいろんなところへ行って写真を撮ったよなぁ」  次々と映し出される写真を見て、僕はここ一年の出来事を振り返る。  スライドショーで流れていく写真は、僕とミヤコの思い出の数々だ。  ――春。  満開の桜の木の下で、桃色の花びらを頭に乗せたミヤコが変顔をしている。  ――夏。  白い砂浜で、可愛い水着の上にパーカーを着たミヤコが変顔をしている。  ――秋。  黄色い落ち葉が敷き詰められた公園で、肉まんを食べながらミヤコが変顔をしている。  ――冬。  駅前のクリスマスツリーの前で、車椅子に座って白い息を吐きながらミヤコが変顔をしている。  不意に電子音が鳴って、僕はそばに置いてあったスマホへと視線を移す。  どうやらメールを着信したらしい。スマホの画面にはメールの差出人である、ミヤコのお母さんの名前が表示されていた。  文面を読まなくても、メールに何が書かれているかはだいたい想像がつく。  だから僕はメールを無視して、ミヤコの笑顔を探す作業に戻った。  スライドショーで、ミヤコの変顔写真が次々と流れては消えていく。  病院のベッドの上でも、ミヤコは変顔をしていた。  食事ができずにやせ細った体になっても、ミヤコは変顔をしていた。  ベッドで横になったまま、幽霊のように肌の色が真っ白になっても、ミヤコは変顔をしていた。  僕が「ミヤコの笑顔を写真に残したい」と願ってカメラを買ってから、一年が過ぎた。  スライドショーが終わって、僕は自分の願いを叶えられなかったことを知った。 『もっと普通にしてくれよ。なんでいつも変顔するんだよ』 『だってこうしておけば、私の写真を見たあなたは必ず笑顔になるでしょ? 私は好きな人にはいつも笑っていてほしいのよ』  彼女の言葉を思い出して――彼女の変顔を見て、僕は泣きながら笑っていた。  ――僕は困っていた。  ミヤコのお母さんに頼まれて探していたけど、一枚も使える写真がなくて困っていた。  だって、変顔の写真なんて使えるわけないだろ。  僕は困っていた。  彼女の遺影に使う写真が見つからなくて、僕は泣き笑いながら困っていた。  僕の彼女は絶対に写真を撮るとき変顔をする。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!