その物語は、終わらない

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その物語は、終わらない

「ここはどこ?」 何の前触れもなく知らない場所にいた私は呟いた。 そこは地面も空も区別がはっきりしない場所だった。 明かりらしいものは一つもないのに、その場所は明るく、濃淡はあるものの全体的に淡いピンク色をしていた。 「ここは君の世界だよ」 私の世界? その声に振り返ると、そこには奇妙な……奇妙な……なに? どう言い表せばいいのかわからないものがあった。 それは……小さな紙の切れ端のようで、ペラペラなのに何の支えもなく立っていた。 その表面には何か細かい模様が中途半端に書かれている。 「あなたは……誰?」 私は「誰?」と聞くか「何?」と聞くかで一瞬迷ったが、結局「誰?」にした。 「君は僕のことを覚えていないんだね。でも僕はずっと待ってたんだ」 「待ってた?」 「そうさ。僕だけじゃない。探してみなよ、みんなここにいるから」 こんな奇妙な……モノ?が他にもいるんだ。 でもそのモノのことを私は忘れている? ……知らない。このモノのことを思い出そうとしているけれども、全く記憶にない。 でも、私は妙に気になったので他のモノも探してみることにした。 とはいうものの、淡いピンクの空間はどこまで行っても淡いピンクで、目印も何もない。 振り返った方向が元来た方なのかも自信が持てない。 地面は……これが地面ならだけれども……どこまで行っても平らで、高いところから見渡すこともできない。 それでもしばらく歩くとまたモノに出会った。 「あなたはさっきのモノ?」 「違うよ。君は僕のことを覚えていないんだね。でも僕はずっと待ってたんだ」 モノはやっぱり小さな紙の切れ端のようでペラペラなのになぜか折れ曲がりもせずに直立している。 細かい模様が中途半端に書かれているのも同じ……ほんとに同じだろうか? 私はモノをじっくり見ようと顔を近づける。 模様だと思っていたのは文字だった。 いくつかの小さな文字が並んでいる。 「リアンは幸せだった。アキューラと出会ったときから」 声に出して読んでみた。 文章は中途半端に途切れていた。 どこかで聞いたような気がする文章。 リアンとアキューラ。一体誰だろう? どこかで聞いたことがある気がするけれど、やっぱり思い出せない。 「やっぱり覚えてないんだね」 またモノの声が聞こえた。 「ごめんね」 私はモノに何となく謝ってその場を去った。 またしばらく行くと、また別のモノがいた。 「あなたも私が忘れていると思うの?」 「そうだよ。君は僕のことを覚えていないんだね。でも僕はずっと待ってたんだ」 モノの表面にはやっぱり文章が書かれている。 今度の文章はさっきのよりも少しだけ長かった。 「イングウェイは王女エルファーナの騎士であり、王国最強の光の騎士である。イングウェイは」 モノに書かれた文章はそこで途切れていた。 イングウェイ?エルファーナ?光の騎士?やっぱり聞き覚えがある気がする。なのに思い出せない。 ふと私は最初のモノに書かれている文章を知りたくなった。 方角はこっちであっているんだろうか?不安になりながらも元来た方へ戻る。 「あなたは私が最初にあったモノ?」 「そうだよ。思い出せたの?」 「ごめんなさい、まだなの。でも……」 私はモノに顔を近づけ、そこに書かれた文章を読む。 「おうじさまはおひめさまのことがだいすきでした。だからけっこんすることにしました」 これは……。 ベッドの上で目覚めた私はぼんやり夢を思い出し、そして頭を抱えた。 「うぁー!」 私は枕の下に頭を突っ込んで叫んだ。 あれは私が書き始めるまでは頭の中に様々な場面が浮かび、登場人物たちがカッコいいセリフを口走っていたのに、いざ書き始めると途端に消えていってしまった物語。 今ではどんな結末を思い描いていたのかも忘れてしまった物語。 結局書き上げられなかった物語。 思えばそんな物語が私にはたくさんあった。 別に何かになりたかったわけではないし、誰かに見せたかったわけでもない。 でも。 私はスマホを手に取るとワープロアプリを立ち上げて、ポチポチと入力する。 「王子様はお姫様が大好きでした。だから結婚することにしました」 今度は書きあげられるだろうか。
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