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外に出た途端、冬特有の冴え冴えとした空気が頬に刺さり、築三十年のボロアパートでもそれなりに防寒できていたことを思い知る。マフラーを貸してやればよかったと、晶子の寒々しいうなじを見てそう思った。
「ねぇ、賭けない?」
少し先を歩いていた晶子がふいに後ろを振り返ってこう言った。
鼻の頭を赤くして、無邪気な少年のように笑う。
「なんだよ、賭けって」
「『どっちが先に恋人ができるか』って賭け。先にできた方が勝ち」
「……アホらし」
地面を蹴り隣に並ぶと、晶子は口を尖らせ恨めしそうに俺を見上げた。これは言うことを聞いておかないと、後で酷い目に合うこと間違いなしだ。仕方ない。
「勝ったら何が貰えんの?」
「お? やる気になったね? そうだなぁ……日本酒、しかも高いやつ」
「酒かよ」
「酒だよ」
当然のように自分の欲しいものを言うあたり、彼女の中で俺の負けは確定しているらしい。気に食わないので少し意地悪なことを言ってみる。
「同時だった場合はどうなんの?」
意味がわからない、と目をぱちくりさせる様子は、普段の二割増くらいには可愛らしい。調子に乗るから絶対に言わないけれど。
晶子はかじかんだ手を数回擦り合わせ、考えた後、軽蔑の眼差しを俺に向けた。
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