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「……まさか殺されるなんて」
涙を浮かべながら話す彼女が白々しく見えた。その瞬間、嫌な推測が脳裏に過る。何故今の俺は彼女を疑っているのだろう。彼女は事件に巻き込まれた被害者であり、悲劇のヒロインのはずだ。
「こんな事にもなったので、実家に戻ろうと思います」
実家はどこなのか聞こうと思ったが彼女は答えないだろう。出所した後の工藤の事を考えると場所を俺に話す事はリスクがある。いや待てよ、そもそも実家に帰る事が本当かどうかも怪しい。どうしてだ……どうして俺は彼女を疑っている?わざわざ俺に会いにきたのは彼女が被害者だと俺に認識させる為なんじゃないか。会話が尽きると静寂が訪れた。彼女は俯いていた顔を上げ俺に軽く会釈すると肩を落としながらゆっくりとした足取りで店を出ていった。これが彼女と最後の出会いでも彼女に対する名残惜しさや悲しみは一切なかった。
彼女は男を工藤に殺させる様に仕向けたのではないか。何かしらの弱味を男に握れた彼女は男が邪魔だった。つまり最初から工藤がストーカーをしていた事を彼女は知っていたという事になる。彼女と工藤は以前から顔見知りで連絡を取り合い彼女に心酔している工藤は彼女の為にと考え犯行に及んだ。あの無口で何を考えているかわからない工藤の脳内は彼女で一杯になっていたという事になる。もしかしたら工藤は彼女が勤めている店の客だったのかもしれない。色恋をかけられ工藤もその気になっていたのだろう。ストーカー被害なんて最初からなく、もしかしたらストーキングはしていたのかもしれないが工藤の存在が都合の良い為ボディーガードとして工藤を利用していた。そうなると俺が彼女に会いに行った時の狼狽えたのは芝居だった訳だ。だとしたら彼女は名女優だ。
正直、どうでもよくなってきた。
スマホを取り出し彼女と本当の決別をする為に5枚の写真を1枚ずつカウントダウンのように消していく。最後の1枚はあの時撮った写真。彼女は満面の笑みを浮かべている。全く俺好みの女だ。そういえば結局彼女の名前を聞かずにいた。だが今更知った所でどうこうするつもりもない。最後の写真を削除しようとした時、違和感を覚えた。彼女が写る背後に小さな人影。写真を拡大して確かめる。そしてその違和感の正体に気付いた時、心底驚いた。工藤だった。柱に隠れながら顔を覗かせる工藤の顔が写っていた。工藤は忌々しそうに妬める目を男に向けているように見える。
呼吸を整えた後、写真を削除した。
真実なんてどうでもよくなった。
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