2人が本棚に入れています
本棚に追加
「タカ兄、おる?」
朝一番にウチの勝手口から、お隣さんで幼なじみのマサキがおずおずと顔を出す。
マサキは高校生になって、いきなり金髪に染めて家族や周りを驚かせたり狼狽させたりしたくせに、遠慮しぃなところは昔とあまり変わっていない。
台所で洗い物をしていたオレは、色あせたエプロンの裾で手を拭きながら勝手口におりる。
「朝早よからどないしてん。あ、朝メシ食うか?」
「いらんて。オバチャンは?」
「オカンやったら今日は早番やて。もう行ったわ」
「兄ちゃん料理できやんの」
「大学んとき一人暮らしやったさかい。カンタンなもんだけな」
余人がいないか、やたら気にするマサキは、オレのワイシャツの肩ごしにウチの家内を注意深くうかがったあと、やおら制服のポケットから板チョコを取り出した。近所に一軒だけある荒物屋(あらもんや)で売ってるような、おなじみのやつだ。
「これ、タカ兄にやる」
「なんや、友チョコのおすそ分けかいな。オレはええで。マーちゃんが食べや」
ちっちゃいころのマサキはえらく食い意地が張っていて、歳の差のあるオレと本気でおやつの取り合いをしたことも、一度ならずある。
「マーちゃんはやめえ」
マサキはふてくされて口を尖らせたが、板チョコは引っ込めなかった。
「まあ、くれるんやったらもらおか……」
年下の高校生からお菓子を横取りするのは、社会人としていかがなものかと思うが、マサキが意固地に引かないので、仕方なく板チョコを受け取る。
「またヒロ子おばちゃんとケンカしとんか?」
「今日はまだしてへんわ!」
ばたばたと勝手口を出ていこうとするマサキを呼び止め、ラップに包んだおにぎりをひとつ手渡す。
「昼にでも食べや。……そや、チョコのお返しに弁当作ったろか。マーちゃんカラアゲ好きやろ。玉子焼きは甘いやつでええか」
「そんなん……別にいらんし」
「そやかて、一ヶ月先やで。マーちゃん忘れとるんちゃうか、ホワイトデー」
「ハァ?!」
酸欠の金魚みたいに、マサキが口をぱくばくさせる。
「ガッコに弁当持ってくの恥ずかしいかしらんけどな。マーちゃんがいらんねやったら、オカンがヒロ子おばちゃんにお礼の菓子折でも持ってくと思うけど、そっちのが困るやろ」
「〜〜〜ッ!?! 弁当でええから! もお行くわ!」
「ほな、いってき。気ィつけてな」
裏庭を突っ切ったマサキの後ろ姿は、塀に立てかけた自転車に飛び乗ってあっという間に見えなくなった。
オレは残された板チョコを指でもてあそぶ。
ーー マサキもなぁ、ガキっぽいのかマセとんかわからんことするなぁ。
金髪にしてヤンキーぶってるくせに高校はサボらずちゃんと通うし、たぶんまだコドモなんだと思う。
だからオレも、今はかあいらしくお弁当作りで応えるっちゅうねん。
最初のコメントを投稿しよう!