幸せのかたち

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レコードプレーヤーに針が落ちる ぶつっぶぶぶ プレーヤーから響く音楽 音楽は空間の色を変える まるでブラックコーヒーにミルクを 注ぎ込むように 黒に近い焦げ茶色の液体に白い液体が 沈む 俺は、喫茶店で コーヒーにミルクを注ぎながら くるくると回転するレコードを 遠目から眺め、ふと音楽に埋もれた 流れるレコードは、アフロビート フェラクティーの名盤だ こんな選曲は、この喫茶店に半年前から 足繁く通っているが、はじめてのことで いつもなら、元DJをやっていたという マスターがお気に入りのスティービーワンダーを連日に渡ってかけていた 軽快なアップビートが店内の色を 鮮やかにした 「カッコいい曲だね! マスター!」 俺は少し興奮した面持ちで、好きな曲なんだと話だそうとした瞬間 マスターが 「好きなんだよね」 と頷き、 「これ、なかなか手に入らなかった名盤で 傷がすこしあるんだけど 俺にとっては、オールオッケーなわけ スティービーはもう聞き飽きちゃったね」 と軽く自慢げにレコードについて語りだした 俺は、にやにやとほくそ笑みながら このマスターとレコードについて語る ささやかな楽しみに酔いしれた 好きな曲、好きな空間、好きなひと 好きな食べ物や飲み物 全て満たされるこの瞬間に俺は 先の未来なんて考えるよしもない 毎日というのは、小さな一日の中に 希望を見つけて続けていくものなのかな なんて‥ そんな事に気付ける俺はきっと幸運だ ミルクとシロップ、コーヒーをストローで ぐるぐるやっていると 氷がカラカラとグラスにあたり 軽快な音を立てる 至福のひとときは ガリガリとマスターの弾く豆の音にも 重なり合う くるくると回るレコードも 俺のテーブルの上にある少し汗をかいた グラスの中の氷も マスターの豆を弾く手も 回り回り 「レコードジャケットを見せて ほしいんだけど!」 マスターが豆を弾く手を中断させてしまうのは軽く申し訳なかったけれど マスターにお願いをしてみた するとマスターは何も気にしない様子で 豆を弾く手を止めて 快くレコードジャケットを 俺のテーブルの上に置いて またガリガリと豆を弾く ジャケットをまじまじと見ると そこにはパンツ一枚でサックスを吹く 写真が刻まれた なんとも可笑しな、でも黒人特有の 雰囲気のあるそんな出で立ちの フェラクティがいた 「ありがとう!すごい格好いいジャケット! パワーある!」 俺はそんな風に表現して、自分の知識のなさに少しだけうんざりした マスターは にかっと気持ちのいい笑顔で 「ナイジェリア人はパンツ一枚で サックスを吹いて、黒人解放運動しちゃう んだからな!」 とさらりと俺に被せるように シンプルに知識を含んで話した やっぱり、俺はこのマスター、好きだな にかっと俺も笑いかえす マスターとの出会いは、 半年前 たまたま居合わせた合コンで 同じ席だった 女の子を口説きながら レコードの話をするマスターに 俺も負けじとレコードの話をしてなのか お酒の席もあってなのか 意気投合 まさかの狙ってる女の子も同じで ほんと面白い出会いだった 女の子そっちのけで レコード談義に花が咲いて マスターの喫茶店に 足繁く通うようになった ほんと、屈託なく笑うこの人は もれなく俺の兄のようなそんな存在だ 豆を弾き終わったマスターは パラパラと弾いた豆を フィルターに入れて くるくると円を描くように 熱い熱いお湯をコポコポと注ぐ 淹れたてのホットコーヒーを 自分のマグカップに注いで ブラックのまま ゆっくりと飲む マスターに 「そろそろ行くよ」とお会計を済まして ドアを引いた
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