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実はこの策略を王允に進言し、その役目を買って出たのは貂蝉本人であった。彼女は養父の王允を本当の父親の如く慕っており、常々役に立ちたいと思っていたのだ。
絶世の美貌で董卓と呂布に取り入ることに成功した貂蝉であったが、彼女には大きな誤算があった。
そう、董卓に恋をしてしまったのだ。
ーーああ。お労しや、お姉様
せめて心の慰めになればと思い、姉の好きな甘い饅頭を買って鈴は出来るだけゆっくりと帰途につく。
最初の頃は妹を伴って董卓の相手をしていた貂蝉であったが、最近では鈴を遣いに出すなどして遠くへと追いやる。
それは任務を忘れて女としての喜びに浸っている自分の顔を妹に見せたくないからであろう。鈴は何も言わずに承諾し、姉の意に沿っているのだが本当にこれでいいのかと疑問も生じる。
姉と同じようにため息をつき、視線を落とす。
その時だった、俄に声が響いたのは。
「いいんですか? 通り過ぎてしまって」
顔を上げると、通用門を通り過ぎていた。
「鈴さん、こんにちは。いい天気ですか?」
前方から聞こえる声に顔を向けると、そこにはひとりの男が立っていた。
「……叔穎様。私、考えごとをしていて。お恥ずかしい所をお見せ致しました」
「貴女のような愛らしい方がぼんやりとしていては危ないですよ?」
「そのようなことを仰られましても何も出ませんわよ?」
「それは残念ですか? ですが、本当に気をつけて下さいね」
男の名は董旻、字を叔穎といい、彼は董卓の実弟である。
そして人々は彼を“悪人”と呼ぶ。
「兄様に用があるのですが、お取り次ぎを願えませんか?」
「ああ、はい。分かりました」
「ありがとうございます」
にこりと笑う董旻。そんな風に微笑まれると鈴の顔は一瞬で赤くなる。
彼女もまた姉と同様、愚かな恋に身を焦がすひとりであった。
***
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