ブルーバード

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それからも甘寧は度々愛の元を訪れた。彼女もそれを拒まず、身体を開いて迎え入れた。 あの日ーー男がやけ酒を呷ってやって来た日以来、彼は以前にも増して喋らなくなってしまった。 「ねぇ」 行為を終え、気だるげな雰囲気が二人を包む。いつもなら何も言わずに直ぐに眠ってしまう所だが、その日は愛が口を開いた。甘寧からの返答はないが、寝入っている様子でもないので勝手に続ける。 「父が昔、鳥を連れてきたの。愛玩用の。それは本当に可愛らしい小さな鳥だったわ」 「そうか」 短い返事。それでも構わない。 「鳥篭に入れて、家族皆で愛でていたのだけど私はずっと違和感を抱いていた。でもその違和感の正体が分からず、小鳥を見つめながら悶々としていたの。それで、その正体が分かったのが大きい方の兄さまが鳥飼に聞いてきたという話しを披露した時だった」 今でもその時のことは目を閉じれば鮮明に思い出すことが出来る。 「鳥には両翼の後ろに風切羽という羽があるの。鳥はここを抜かれては飛べなくなるらしいわ。逃げないようにそれを切ってしまえと兄が言うと、家族は皆賛同したわ。私以外ね、」 「鳥を傷つけるのが可哀想だったからかい?」 どこか馬鹿にした様な声の調子。きっと女は甘い生き物だと思っているのだろう。 「それもあるけど。私、違和感の正体に気がついたのよ。その小鳥、いくら私達が愛情を注いでもこちらに馴れようとしなかった。あの小鳥は鳥篭の中からずっと窓の外に見える大空を見つめていたの。私達なんてまるで眼中になかった。だから私、家族の目を盗んで鳥篭を開けたわ」 力強く羽ばたき、青い空を目指す小鳥は一度もこちらの様子を窺うことをしなかった。ぐんぐんと昇っていき、やがてその姿が見えなくなるとーー 「もう二度と戻ってくることはなかったわ」 可愛がっていた分、悲しくはあった。でもそれ以上にあの小鳥が羽ばたいて行く姿に勇気づけられた。 「愛玩用の鳥だったのだろう? いずれ他の野鳥や猫に襲われるかもしれないと、君はそうは思わなかったのかい?」 いつの間にか上半身を起こしている甘寧がいやに神妙な面持ちで聞いてくる。愛も身を起こすと、男の目を真っ直ぐに見据える。 「そんなこと、分かっていました。それでもあの小鳥は大空という自由を渇望して飛んで行った。飛べば、いつかは堕ちる。それが世の理。人間も動物も本能として分かっていることだわ」 「そう、か」 先ほどと違う、どこか動揺したそうかだった。甘寧は再び寝台に身を預けると、何事もなかったかの様に眠り始めた。愛もそれ以上は何も言わずに身を倒して目を閉じた。 翌朝、例によって男の姿はなかった。そして、その日を境に甘寧はぱたりと愛の元を訪れなくなってしまった。昔羽ばたいて行った鳥と同じ様に、彼は二度と戻ってくることはなかった。 ***
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