ブルーバード

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侍女の予想通り、夕方から嵐がやってきた。激しい雨と風が窓を打ち付け、ガタガタと木戸を鳴らしている。それはあの男が初めて愛の元を訪れた夜に酷似している。 愛は自室の窓を開けた。そこに人影はやはりなく、風雨が容赦なく吹き込んでくるだけだ。濡れることも構わず、彼女は窓の外へ両腕を伸ばす。 ーーあの鳥も、甘寧さまも私を置いて飛び立ってしまった 甘寧は空を駆ける自由な鳥で、愛は風切羽を抜かれた篭の中の鳥。 ーーでも、本当にそう? 私の風切羽は本当に切られてしまったの? いいえ、それは違う 行商人の口から江東という言葉を聞いた時、愛が抱いた思いは悲しみでも、驚きでも、怒りでもなかった。胸の内から声が聞こえた。 ーー私だって翔べる!! 愛は窓枠に足をかけると、屋外に飛び出した。泥が跳ねて服が汚れたが、これからもっとみすぼらしくなるのだろうから構うものか。市を目指して走り出す。いや、本当の目的地はもっとその先だ。そこにたどり着くまではけして止まってはならない。 走り出した彼女は只の一度も、生まれ育った家を、街を振り返ることはなかった。 ***
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