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第五節気 清明――玄鳥至 (つばめきたる)
「桜の木の下には死体が埋まってるそうですよ」
新学期といえば、すべてが新しく輝く季節だろう。弾んだ声をあちこちで聞きながら、暁治は迎え入れられるように新しい職場の門をくぐった。
まだ少し早い時間、校舎の奥にちらちらと視界を横切る桃色に誘われるように、歩みを進めた先にあったもの。
目の前にあったのは、伸びやかに枝を伸ばした大樹。樹齢千年は超えていそうだ。
春の息吹を一身に浴びるように伸びていた、見事な枝垂れ桜を見上げていた暁治は、かたわらでかけられた声に、びくりと肩を震わせた。
「すみません、驚かせてしまいましたか」
人の気配は感じなかった。それくらい桜に見入っていたのだろうか。訝しく思ったものの、暁治は注意深く顔を隣へ向ける。
顎の辺りで切り揃えられた、さらさらとした真っ直ぐな黒髪が風に揺れた。整った容姿は性別を感じさせないものではあったが、同じくらいの目線と肩幅に、同性だとわかる。
早朝のまだ誰もいない校庭。だが彼が着ていたブレザーは、先ほど校門をくぐるまでにちらほら見かけたものだし、朝早いとはいえ部活だと思えば、生徒がここにいても不思議ではない。
もっとも今日は始業式ではあるのだが。
暁治は肩の力を抜くと、澄んだ緑の息吹をひとつ、吸い込んだ。
「そりゃ、いきなりそばで、物騒なこと言われりゃ、な」
「あはは、すみません。あまり真剣に見入っておられるので、つい」
意地の悪いことを言いたくなりました。
そう、言外に付け加えたように聞こえた。
口元に手を当てて笑う彼は、側からは悪意を感じさせない。口にした台詞とは裏腹に、そよぐ風のように清廉に見える。
もしかして、なかなかいい性格をしているのかもしれない。
「石蕗、と言います」
胸元に手を当てて告げられて一瞬話の続きかと思い、その後彼が名乗ったのだと気づいた。
「宮古だ」
飛び石のように連なるやりとりに脈絡はないが、名乗られたのだからと自分も律儀に返す。
「新しい先生ですか」
尋ねられた言葉に頷く。
「部活か」
「はい。来年卒業ですし、桜の時期は短いですから」
石蕗は手にしたスマホを掲げると、「いいですか?」と断りを入れて、桜に向けシャッターを切った。
さらに何枚か撮ると、近くへ寄って、小さな桜の花にレンズを近づける。
「写真部か」
「いえ、美術部です」
資料として使うらしい。
「写真模写は邪道と言われますけど」
ほらと、近づいて見せられたいくつかの写真は、桜や梅、さまざまな自然の風景が収まっている。
「移りゆく美しい自然の一端をこうして閉じ込めて、いつでもお手本にすることが出来るのは、素敵じゃないですか?」
「確かに二次元のものを模写すると印影が上手く描けないとか、立体的な形は目で見ないととか言われるけどな」
暁治のいた学校の先輩がよく言っていた。
「写真を撮影した人の感性も絵として写し取れるなら、実物を描き写すのとはまた違った模写が出来るんじゃないか、なんて思ったことがある」
絵画が人を感動させるように、一枚の写真に心を動かされることだってあるのだ。
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