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じっとり湿った視線を石蕗に向けると、お土産ですと風呂敷包みを手渡された。手にした包みの重さを手で量っていると、足元の双子が「おいなりさんっ!」と、声をハモらせる。
「そういえば、つばめは渡り鳥で、この季節やってくるのですが」
おいなりさんが嬉しいのか、暁治の周りを手を取って回る双子から目を離した石蕗は、ふと思いついたように口を開く。
「この時期去っていく鳥もいるんですよね」
「へぇ、そんなのもいるのか」
暖かくなったから、やってくるというならわかるのだけど。
「雁とかですね。彼らは冬の前にやって来て、暖かくなると北へ帰るのだそうです」
「なるほど、日本の北だと冬はもっと寒いしな」
「はい、面白いですよね。来るもの去るもの。まるで人の出会いのようで」
「確かになぁ」
「縁は異なものといいますが、これからもよろしくお願いしますね」
言われて『来るもの』が自分を指すのだと気づいて、暁治は目を瞬かせる。
「こちらこそ」
石蕗が出会いというなら、暁治から見てもそうだ。
「ゆーゆとはるは出会いと別れぇ」
「こんにちはとさよならー!」
「おいおい、お前ら気が早くないか?」
手を振るちびたちの頭をぐりぐりとなでてやる。春は出会いと別れとは言うけれど。こいつらとはまだ会ったばかりだ。すれ違うだけのご縁もあるけれど、出来れば出会いは大切にしたい暁治である。
「でも先生、出会いと別れはワンセットと言いますよ」
そりゃ、会わないと別れもないしな。
のんきにそんなことを思った暁治の首がキュッと締まった。
「ちょ、朱嶺苦しい!」
背中に張りついていた朱嶺が、すごい力で抱き着いてきたからだ。抗議をするものの力が緩む気配がない。振り落とそうとジタバタと暴れていると、いつの間にかそばに来た石蕗が、おんぶお化けの頭を殴った。
朱嶺は手を離すと地面に尻餅をつく。かなり痛かったらしく、しばらくかたまっていたものの、やがて顔を上げて恨めしそうな涙目で石蕗を見上げた。
「酒瓶はないと思う……」
しょんぼりとした声に石蕗を見ると、涼しげな表情で、先ほどまで白髪の子供が手にしていた酒瓶を持っている。
「先生を助けるためです」
「うそだ、手を返してフルスイングで振りかぶってた! 日頃の恨みがこもってた!!」
「否定はしません」
しないんだ?
心の中でツッコミをいれた暁治だが、続く「ちゃんと手加減はしましたよ。割れないように」という言葉に、彼だけは怒らせないようにしようと思った。
「先生?」
「あ、あぁ」
呼ばれて我に返ると、暁治はまだしゃがんだままの朱嶺に手を差し伸べた。握りしめられた手を引っ張って起こすと、裾を叩いてやる。
「まぁ、確かに会わなきゃ別れもないだろうけどさ」
たぶん祖父のことなのだろうと察しをつけつつ、なんとなく、思いつくまま口を開く。そういえば生前祖父がよく言っていた。
――人生一期一会。
生まれてからこのときまで、会った人、別れた人。この世にいるすべての人からしたらほんの一握りで、彼の人生全部使ったって、全員を知ることはできないけれど。
「後で後悔しないよう、自分に今出来る精一杯の付き合いをしたいと、俺は思ってるよ」
朱嶺に笑いかけると、なにか言いたそうに口元が開かれる。答えを待っていると、頬にぽつりとしたしずくが落ちた。雨だ。
ぽつり、ぽつりと落ちるしずくは、やがて本降りへと変わっていく。
「まぁ、とりあえず、家に入るか」
暁治は親指を立てて家を指すと、朱嶺の腕を取り玄関へと急いだ。
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