第五節気 清明――鴻雁北(こうがんきたへかえる)

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 じっとり湿った視線を石蕗に向けると、お土産ですと風呂敷包みを手渡された。手にした包みの重さを手で量っていると、足元の双子が「おいなりさんっ!」と、声をハモらせる。 「そういえば、つばめは渡り鳥で、この季節やってくるのですが」  おいなりさんが嬉しいのか、暁治の周りを手を取って回る双子から目を離した石蕗は、ふと思いついたように口を開く。 「この時期去っていく鳥もいるんですよね」 「へぇ、そんなのもいるのか」  暖かくなったから、やってくるというならわかるのだけど。 「雁とかですね。彼らは冬の前にやって来て、暖かくなると北へ帰るのだそうです」 「なるほど、日本の北だと冬はもっと寒いしな」 「はい、面白いですよね。来るもの去るもの。まるで人の出会いのようで」 「確かになぁ」 「縁は異なものといいますが、これからもよろしくお願いしますね」  言われて『来るもの』が自分を指すのだと気づいて、暁治は目を瞬かせる。 「こちらこそ」  石蕗が出会いというなら、暁治から見てもそうだ。 「ゆーゆとはるは出会いと別れぇ」 「こんにちはとさよならー!」 「おいおい、お前ら気が早くないか?」  手を振るちびたちの頭をぐりぐりとなでてやる。春は出会いと別れとは言うけれど。こいつらとはまだ会ったばかりだ。すれ違うだけのご縁もあるけれど、出来れば出会いは大切にしたい暁治である。 「でも先生、出会いと別れはワンセットと言いますよ」  そりゃ、会わないと別れもないしな。  のんきにそんなことを思った暁治の首がキュッと締まった。 「ちょ、朱嶺苦しい!」  背中に張りついていた朱嶺が、すごい力で抱き着いてきたからだ。抗議をするものの力が緩む気配がない。振り落とそうとジタバタと暴れていると、いつの間にかそばに来た石蕗が、おんぶお化けの頭を殴った。  朱嶺は手を離すと地面に尻餅をつく。かなり痛かったらしく、しばらくかたまっていたものの、やがて顔を上げて恨めしそうな涙目で石蕗を見上げた。 「酒瓶はないと思う……」  しょんぼりとした声に石蕗を見ると、涼しげな表情で、先ほどまで白髪の子供が手にしていた酒瓶を持っている。 「先生を助けるためです」 「うそだ、手を返してフルスイングで振りかぶってた! 日頃の恨みがこもってた!!」 「否定はしません」  しないんだ?  心の中でツッコミをいれた暁治だが、続く「ちゃんと手加減はしましたよ。割れないように」という言葉に、彼だけは怒らせないようにしようと思った。 「先生?」 「あ、あぁ」  呼ばれて我に返ると、暁治はまだしゃがんだままの朱嶺に手を差し伸べた。握りしめられた手を引っ張って起こすと、裾を叩いてやる。 「まぁ、確かに会わなきゃ別れもないだろうけどさ」  たぶん祖父のことなのだろうと察しをつけつつ、なんとなく、思いつくまま口を開く。そういえば生前祖父がよく言っていた。  ――人生一期一会。  生まれてからこのときまで、会った人、別れた人。この世にいるすべての人からしたらほんの一握りで、彼の人生全部使ったって、全員を知ることはできないけれど。 「後で後悔しないよう、自分に今出来る精一杯の付き合いをしたいと、俺は思ってるよ」  朱嶺に笑いかけると、なにか言いたそうに口元が開かれる。答えを待っていると、頬にぽつりとしたしずくが落ちた。雨だ。  ぽつり、ぽつりと落ちるしずくは、やがて本降りへと変わっていく。 「まぁ、とりあえず、家に入るか」  暁治は親指を立てて家を指すと、朱嶺の腕を取り玄関へと急いだ。
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