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名前のセンスはさておくとして、この中で酒を飲める年齢なのは暁治だけ。となるとノンアルコールの甘酒なのは、もしかしてグッジョブなのかもしれない。
「だがなにも一升瓶でなくてもよかったんじゃ?」
まぎらわしいと口を尖らせると、石蕗はシロクロたちの分も注ぎながら、我が意を得たりとばかりに言う。
「あ、これ自家製なんです。氏子さんの田んぼで収穫した新米で作りました」
学校周辺はそれなりに町の雰囲気なのだが、暁治の家の周りは田んぼと畑がそれなり多い。
トイレも最近下水工事がされて汲み取り式から水洗に変わったばかりだという。昔は落ちたらどうしようと、深い穴を見ながら恐々と用を足したものだ。
甘い甘酒を飲みながら食べるいなり寿司。
寿司飯の甘味と相まって、正直あまり合わない気がする。もっとも甘酒の入った湯呑みを両手に持って、嬉しげに傾ける桃を見ると、まぁいいかという気にはなるのだが。
「はるぅ、僕にも一口」
「自分で食え」
じだばたと背中で暴れる朱嶺に、冷たい声で返事をすると、「やっぱり仲良しですねぇ」などと石蕗が微笑ましげにこちらを見てくる。
「これ、なんとかしてくれ」
いなり寿司を口に押し込んでやると、しばらく静かになるのだが、次はいくらが載ったのがいいだの、お茶飲みたいだの、やりたい放題だ。
「いやだと言いつつ、お世話してるからじゃないですか?」
石蕗の言葉に暁治の身体が固まる。
「あれ、もしかして気づいてなかったんですか」
「……気づいてなかった」
思えば初めて会ったときからこんな感じだったような。なんということ。
「ん~、先生はコレがいて迷惑ですか?」
コレとか雑い言い方だと思ったものの、改めて尋ねられて首をひねる。
「いや、別に」
もとより人の世話を焼くのは、そんなに苦にならないたちのようで、朱嶺たちが気ままに出入りしていても、特に思うところもない。
なにか悪さをするなら別なのだが、やりたい放題の割りには彼らは礼儀正しく、食事のときも手伝いは当然のこと、たまに差し入れも持ってくるのだ。
どうやらほぼ毎日家にやって来る朱嶺に、すっかり慣れてしまっていたようだ。
「嫌じゃないなら、落ち着くまでそのままでいてやってください。なんだか正治先生がいたときみたいです。私が遊びにきたときも、そんな感じでしたよ」
じいさんが? 祖父の名前が出て思わず横を向くと、赤みがかった頭が見えて、ぐりぐりと手のひらでなでてやる。落ち着くまでとか野生動物じゃあるまいし。
「ん? 桃、どうした?」
くいくいと、服の袖を引かれて隣を見ると、桃の小さな指が縁側を指している。
「どうやら通り雨だったみたいですね」
掘りごたつから抜け出した石蕗が、縁側に出て空を見上げながら言った。
「はる、虹」
「きれーだよ!」
同じように縁側に出た双子の言葉に上を見ると、確かに雲間から差す春の光に浮かび上がるように、薄く七色の虹が浮かんでいる。
「虹は冬には見えないもの、らしいですから、もしかしたら初虹かもしれません」
虹は縁起がいいものとされる。もっと近くで見ようと思ったが、背中の重りで動けない。
「おい」
なにを拗ねてるのかは知らないが、退いてくれなければ家の用事もできない。
「はる」
「なんだ?」
「うん、僕思ったんだけど」
耳元で囁くような声に、くすぐったく思いつつ、まるで内緒話のような音に応える。
「僕、はるのこと好きみたい」
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