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「うんうん、僕に大いに感謝してよね。あんまり川を離れちゃ駄目だよ」
「気をつけまする。……やや! そこにおられるのは正治殿? いやしかし昨冬、亡くなられたはずでは? これは夢でしょうか」
「ん? お前は祖父と知り合いか? 俺は孫の暁治だ」
「おお、ご令孫でしたか! よく似ていらっしゃる!」
大きな瞳をさらに大きくして驚く少年は、見た目だけであれば小学校低学年くらい。しかし喋り方が随分時代がかっている。ちぐはぐなそれに戸惑っていると、彼はなにかを思い立ったのか素早く立ち上がった。
「ここにいらしているということは、社へ参るのですね。ご案内しましょう。わたくし、河太郎と申します」
「近道のほうを案内してよ。はるってばお年寄りだからもう疲れちゃったらしいんだよね」
「なっ! 誰が年寄りだ!」
「だってさっきから足が重たそうじゃない?」
「こ、これは最近仕事を始めたばかりで、疲れが出てるんだ!」
「最近って! もう四月も半ばなのに。やっぱりはるってば、おじいちゃんでしょ」
吹き出すように笑った朱嶺は、拳を振り上げた暁治におどけたように舌な出す。しかし追いかけようしたら、ひょいひょいとかわされて掴まえようにも手が届かない。余計に体力が消耗しそうで、最終的には追いかけるのを諦めた。
「うふふ、仲がよろしいですね。ではこの提灯で」
微笑ましそうに目を細められて居心地が悪くなっている暁治の目の前で、河太郎は懐から畳まれた提灯を取り出す。夕刻とは言えまだいくらか明るい。不思議に思い見ていれば、それはぼおっと橙色の光を灯した。
ろうそくがついていたわけでも、電球がついていたわけでもないそれに明かりが灯って、暁治はぽかんと口を開ける。けれどさあさあ、と言う声と、朱嶺に引かれた手につられて足を踏み出した。
すると一瞬、辺りが暗くなり、風が吹き抜ける。そしてすがめた目を開いた時には、さやさやと風に揺れる木の葉が目に入り、水の流れる音が耳に届く。目を瞬かせてから周囲を見渡すと、先ほどまでの山道ではなく川岸だった。
そこではまだ芽吹いたばかりの葭が少しだけ背を伸ばしている。川岸より少し上に小さな社も見えた。
「ど、どうなってるんだ」
「はる~、お弁当ちょうだい」
「おい、朱嶺!」
「ほらほら、細かいこと気にしない」
立ち尽くす暁治に焦れたのか、傍に寄ってきた朱嶺は勝手に右手にぶら下がっていた袋を取り上げる。ビニール袋から取り出されたのは、プラスチックケースに入ったキュウリの巻物。――カッパ巻きだ。
「いいご縁をお結び致しましょう」
「じゃあ、はると僕、しっかり繋いでおいて。……もう忘れられたら、嫌だしね」
「……俺は超常現象の類いは、信じないぞ」
「もう! なにまだブツブツ言ってるの? はるっ! ここの神様のご利益はすごいんだよ! 一度繋いだ縁は、縁切りをしないと切れないんだから!」
「いや、お前と縁を結んでもなぁ」
社の傍でぶんぶんと手を振る朱嶺の様子にため息が出た。けれどふと「好き」――の言葉が降ってくる。それは友愛、親愛――それとも、もっと深い想いなのだろうか。キラキラと輝いた瞳にどれが含まれているのか。
しかしそのいずれかだとしても、いまの暁治にはいまいちピンと来ない。まだ彼はご近所さんで、半居候の教え子という域を出ないからだ。それでもまっすぐに向けられる、その気持ちは決して嫌ではなかった。
「はーるー! こっちきて!」
その複雑な胸の内に小さく息をつきながら、招く手に誘われてもう一度、足を踏み出した。
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