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スマートフォンの着信音で目を覚ます。手探りで端末を操作するうち聞き覚えのある声が耳に入ってきた。正しく操作できたのだろうと判断し、耳元にやる。
「はい、高城です」
「おっと? 寝起きだったか、淳くん」
「寝起きです」
「それは悪かったね。さっきまでの話は聞こえてた?」
「聞こえてなかったのでもう一度お願いします。ところで、どなたでしょうか」
「えぇーっ?!」
大声に顔を顰めて思い出す。綾瀬俊輔。高校の先輩。サッカー部のエース。今の所属チームはヨーロッパのどこか。老若男女から愛されているプロサッカー選手。日本代表に選ばれ続けて……何年だっけ。
寝起きの脳が限界を訴え、思考をやめる。
「日本のエースが朝から何の用ですか」
「おぉーっ、寝起きでも思い出してくれたね? さすが淳くん! 簡潔に言うとテレビに出て欲しくてさ」
「要点を省くな、馬鹿」
スピーカーフォンに切り替え、話を聞きながら出勤の準備をする。
高校、大学と色々なことをして選んだ職業は私立高校の英語教師。背中を押したのは、俺の視界を広げてくれた佐々木先生への感謝だった。
準備するうちに何かの音が聞こえたのだろう。十年来の友人が声を上げる。
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。お姉さんがなんだって?」
「だから──」
単純な話だ。彼が出演する「人気サッカー選手綾瀬俊輔が高校時代の友人と十年ぶりに再会!」番組への出演オファー。彼のお姉さん──放送部の綾瀬部長が司会を務める番組である、というおまけ付き。
「同級生じゃなくていいのか、それ」
そもそも、何度も会っているから十年ぶりではないのだが。わかりきったことは口にすまい。
「再会した相手と食事するんだよね、この番組。だけど、二人で食事できる人とは隙を見て会ってはSNSに写真あげてるの」
「プライベートを公開しすぎたあんたの自業自得」
「その通りだけど! SNSの使い方もオファー受けたのも反省してるから助けて」
手を合わせる彼の姿が思い浮かび苦笑する。要するに、食事をして苦にならない相手かつSNSに写真をあげてない人間が、生徒に騒がれるのが嫌だと写真の公開を拒み続けた俺しかいないのだ。狭い交友関係を大切にするこの男には。
テレビに出たら生徒に騒がれるのは必須。面倒この上ないが、あぁ、アナウンサー志望の奴は勉強になるか?
顧問を務めている放送部の部員と番組の内容を思い浮かべる。普段通りの進行なら綾瀬アナウンサーが学校へ来るだろう。彼らにとっては良い経験になる。断らない理由ができてしまった。
「……日程次第」
「ありがと! 愛してる!」
次のシーズンオフが撮影になる旨を手帳にメモしておく。放送部部員の見学許可を取ること、決まったことは随時教えるよう頼んで話は終わり。
「準備あるからもう切るぞ」
「はぁーい、朝早くからごめんね」
「この時間なら問題ない」
平日午前五時半の電話。日本国内からなら「ちょっと待て」となるが、時差のあるヨーロッパからなら十分すぎる配慮だ。
よかった、と笑った彼はついでとばかりに問う。
「そういえば。夢は見つかったの?」
夢を見つけるために他のことをすると彼に宣言してから、早十数年。見つけたが伝えてはいなかった。少し逡巡し、口を開く。
「ひみつ」
「……あっはは! じゃあ、教えてもらえるまで死ねないね」
「そゆこと」
一年に一度会えるかどうかの関係だ。たまにはこんな約束を交わしても良いだろう。
じゃあね、またな、と短い挨拶を交わし電話を切る。
「ったく。言えるかよ、本人に」
化け物に「一緒に遊ぼう」と呼びかけて寄り添ってくれた。先輩のような優しい人間になるのが夢だと伝えたら、彼はどうするだろう。声を上げて笑うか。きょとんと瞳を丸くするか。照れて頬を染めるか。
答えを知る予定は、まだない。
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