化け物は夢を見る

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 部活へ、喫茶店へと誘い合うクラスメートを横目に耳栓代わりのヘッドフォンを着ける。窓際の席でひとり過ごすのが放課後の日課だ。課題があれば課題を、なければ暇潰しにアクセント辞典を読んでいる。  今日は古典の課題を片付けよう。題材は枕草子。  教室の電気を消しても問題ないほどこの席は日当たりがいい。見える景色も素敵だ。多くの生徒が部活に勤しむ校庭と生徒がふざけながら帰路につく通学路。どちらも一望できる。  桜が日に日に散っていく様が美しいことを、この春初めて知った。清少納言なら「いとをかし」とでも記すのだろうか。その桜は、もう散ってしまったけど。  課題と予習を終わらせ、休憩がてら外を眺める。野球部の誰かが打ったボールが見事な放物線を描いて飛んで行った。  校庭の隅──この教室からよく見える場所へ視線を移せば、サッカーボールで曲芸のような動きをしている男がひとり。クラスメートの会話によれば、男子サッカー部は顧問不在のため本日休部のはずだが。自主練だろうか。確かにあの場所なら他の部活の邪魔にならない。  ボールを自在に扱う彼をじっと見つめる。  彼は、桜が満開だったあの日。サッカー部の勧誘をしていた生徒だ。「綾瀬先輩やばい。カッコ良すぎる」「二年でエースとか謎だったけどプレー見たら納得だわ」とはクラスメートの言葉。調べてみれば、この高校のサッカー部は去年全国大会初出場を決めていた。彼との因果関係は否定できない。  ふと視線が合った。両手を大きく振られ思わず顔を背ける。一年の教室は三階だ。三階だけど見えるんだ。その場所は。  今更知らないふりは無理だろう。友人をつくる気力はないが、クラスメートと諍いを起こすつもりもない。人気者との間に厄介ごとを抱えるのは御免だ。めんどくさすぎる。  覚悟を決めて彼の姿を再び視界に捉える。微かに彼の声が聞こえるから何か叫んでいるのだろう。上手く聞き取れず、ヘッドフォンを外した。 「たーかーぎくーん! あーそびーましょー!」  くそ。外さなきゃよかった。
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