3年ぶりの恋の始め方

1/1
102人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

3年ぶりの恋の始め方

私の名前は櫻井愛。 3年前からNASデザインオフィスで イベントプランナー兼インテリアプランナーとして働いている独身、彼氏いない歴3年の30歳。 アラサーで彼氏いない歴3年なんて言うと枯れた女のように思われがちだけど 正確には3年間全く男の人と接点がなかったわけではなく、大人の女なのでそれなりにそれなりのことはしていた。 ただ結果として“付き合いたい”と思える人に出会うことができず3年が経ってしまった…と言うのが正しいプライベート経歴なだけ。 そんなアラサーが今、結婚や出産に焦ることなく毎日を過ごしているのは 信頼できる仲間とのやりがいある仕事や 親友、家族と過ごす癒しのひととき Instagramの影響でインフルエンサーと呼ばれ、たまに雑誌のモデルや企業とのコラボ商品を作ったりする非日常的な時間が 私に充実した気持ちを与えてくれているからだった。 前職は大手広告代理店でプランナーをしていた私がNASデザインオフィスに転職をしたのは 仕事内容や会社に不満があったわけでも 大失恋をしたからでもなく 簡単に言ってしまえば、幼なじみのお兄ちゃんが独立して起業した会社に誘われたからっていうシンプルなものだけど 実際は幼なじみ(=先輩)が 感性・創造性・デザイン性・保守力をもった 才能ある若きクリエイターと呼ばれ パリやニューヨークで手掛けた建築デザインやプランナーの実績を高く評価されていることに 同じクリエイターとして憧れと尊敬、何よりも刺激を受けていたから 一緒に仕事をしないという選択肢が私にはなかったっていうただそれだけのことだったけど 実際入社してみると 企業の販売促進キャンペーンや展示会、ライブ、フェスなど各種イベントの企画・運営・管理をするイベントプランニング業務と オフィス、ショップ、公共施設、ホテルといった商業•公的要素の高い建築物の内装や家具・色彩・照明などを選定して室内空間のデザインをするインテリアプランニング業務がメインな私と プランナーが考えたデザインに合ったインテリアの選定、温度や音、テーブルコーディネートやフラワーコーディネートの他、装飾•アレンジの提案をするインテリアコーディネート業務がメインの直。 そして、自ら営業と建築デザインをする先輩(CEO)と 計算され尽くした完璧とも言えるスケジュール管理能力をもち誰からも好かれる天性の人たらしスキルで受付•応対業務をこなす事務の美奈ちゃんという、最高な同僚で作り出す仕事が楽しすぎて “ただそれだけのこと”が“必然な選択”だったってことにすぐ気がついた。 刺激的なのにホワイトすぎる職場は私にどんどん仕事の楽しさを教え その延長線上にあるプライートは穏やかに私を包み込む。 そんな毎日を過ごしていたら かろうじて発生した恋と仕事を天秤にかけて仕事を選んだとしても致し方ない。 誰と付き合っても長続きすることはなく 私のなかで恋愛(=男)が二の次三の次になっても致し方ない。 そんな言い訳を続けていたらいつの間にか 自分で自分のご機嫌を取れるようになってしまい、恋愛に興味すら持たなくなって…。 でもそれは建前で本当は3年前に別れた彼氏のことを未だに引きずっているのが恋愛を遠ざけている1番の理由だった。 *** 金曜日21時。 会社員女子がわちゃわちゃプライベートを楽しむ花金と呼ばれるこの時間 取引先の異業種懇親会=ラフすぎる飲み会を途中で抜け出した私と直は 渋谷の喧騒から一本中に入った路地にある行きつけの手打ち蕎麦Bar“Shige”に向かっていた。 『絶対、つまらないとは思ってたけど、あそこまでひどいとは‥。』 「意味のわからない自慢大会って感じだったね。」 『なんか、せっかくの料理もあの空気のなかじゃ食べた気もしなかったしねー。ほんと時間の無駄だった。』 「だよねー。早くShigeさんのお蕎麦食べたい!」 『この時間からごはん食べて飲み直しだなんて本当は太るから嫌だけど』 「え?じゃあ、愛さんはあの空気感を背負って家に帰る方が良かった?」 『あり得ない。それなら太る方がまだまし。太ったとて自分であとで辛くても修正できるからね笑』 「同じく笑」 なんて笑いながらあーだこーだ2人で話をしていたらいつの間にかお店に着いていた。 誰がこの閑静な路地にあるおしゃれな外観のお店を手打ち蕎麦BARだと思うのかな、なんて思いながら 重厚感のある真っ黒な扉を開けて螺旋階段を降りていく。 少し薄暗いフロアには心地よい音楽が流れていて、それに誘われるように奥へ進むと暖かみのある間接照明が綺麗に片付けられているカウンターキッチンを照らしている。 ここで作られているお料理が繊細な盛り付けの和食で、しかもメインがお蕎麦だなんてきっと誰も想像できない。 お料理はエンターテイメントだというオーナーの シゲさんはもともとニューヨークで完全予約制の創作蕎麦屋を経営していた先輩の友人で 芸能人かと勘違いするほどのルックス、美味しすぎる料理の数々、ニューヨークからの移転と話題性たっぷりな人だけど 当の本人はどれだけの取材依頼が殺到しても “だってさ、やっぱり対面が一番大事じゃん?” って気持ちのこもったおもてなしに拘りたいと一切の宣伝を断わり、今のスタイルを貫いている。 だけどやっぱり美味しいものは美味しいのでリピーターの方の口コミであれよあれよと人気店に。 NASの初めての仕事がこのShigeで私たちはそれこそ、宣伝なしでオープンさせることにハラハラしていたけど、先輩は一切動じることなく 視覚でしっかりとお客様の足を止め、好奇心を刺激し、誘導した。 そしてシゲさんもまた料理で確実にお客様を虜にしていった。 だから私たちも思い出のある仕事というのももちろんあるけど、事あるごとにここに来てしまうのは結局のところ、先輩とシゲさんの虜になって第2の家のように思っているからだったりする。 「おかえり。」 「ただいまー。」 『ただいまー。お腹すいたよー。』 「アラカルトで何か出そうか?とりあえずビール?」 『うん。お願いー。』 「この時間からごはん食べるって珍しいね?仕事でトラブルとか何かあったの?」 「最悪な懇親会に出てたから。ね?愛さん。」 「えー、何々?懇親会?詳しく教えてよー。」 『話すと意外と落ちもなく盛り上がりにもかけるし短いけど大丈夫?』 「それ、やばいやつじゃん。多分、てか絶対に聞くのが怖すぎる案件笑 あ、いつもの個室にタロ君(先輩)と西山君がいるよー。」 シゲさんが笑いながら出してくれたビールを一口飲んでから私と直はいつもの個室に向かった。 ノックをして扉を開けると、飽きるほど見てる顔と1週間ぶりの顔が並んでいる。 『お疲れさまでーす。』 「おー。合コン終わったんか。」 「タロから聞いたよー。男紹介して欲しいなら言ってよ!いくらでもするよー。」 『この年で懇親会という名の合コンとかするもんじゃないですよー。ビックリするほど面白くなさすぎて、直と抜け出してきたんですからー。』 「そうですよー。あまりにも苦痛過ぎたから ホームで飲み直そうって話しになってここに来たんです笑」 なんて今日のハイライトを2人して一通り話した。 『じゃあ、私たち席に戻りますね。先輩、また明日。西山さんもまた来週の打ち合わせで。』 「おーまたな。あ、仕事の話しをオフにするのは申し訳ないけどコンセプト固まってる?」 『大丈夫ですよ。そちらのゴーサインが出れば直もすぐ動ける状態にはもうあるので。』 「了解。じゃあ、次の打ち合わせで。」 お疲れさまでしたと軽く頭を下げて個室から出ようとしたら、同じタイミングで入ろうとしてきた男性にぶつかってしまった。 先輩が“聖也”と呼んだその人はどうやら西山さんと同じ会社で働いている後輩のようで オシャレな今時の男の子という感じなのに人なっこい大型犬みたいでなんだかワシャワシャ髪を撫でたくなるそんな感じのする子だった。 まぁそれも、ただの印象ってだけで おそらく明日になれは記憶の片隅にも残らない。 それなのにそんな人がまさか私の3年ぶりの恋の相手になるとは この時には1ミリも思ってはいなかった。 彼は3か月後、私の彼氏になる。 そう3年ぶりで4歳年下の彼氏。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!