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重い瞼を押し開けると、非情な男は穏やかな寝息を立てていた。
「っ……」
名前を呼びかけて、喉の痛みに呻く。腰は怠いし、指先を動かすのも億劫だ。
脱力して身を預ける。最悪な形とは言え、暖かな胸に安らぎを感じてしまう自分がいる。半ば諦めの感情もあった。
『すみません』
昨夜、落ちていく意識の中で聞いた言葉は、その乱暴な行動とは裏腹に、弱々しく悲痛な響きだった。
これが、腰の痛みと引き換えに、篠崎をベッドから蹴り落とせない理由だ。
「あれ……田嶋さん…?」
「なに…なにを、不思議そうにしている」
寝ぼけ眼を瞬かせる篠崎へ胡乱に答える。視線を巡らすと、ベッドサイドにミネラルウォーターのペットボトルを見つけた。
「起きたら、いなくなってるかと」
「動けなくしたのは君だろ」
「…………怒って、ないんですか?」
手を伸ばそうとすると、篠崎の手が代わりにボトルを掴む。キャップを捻る小気味良い音が響いた。
「戸惑ってはいる。当然、訳を聞く位の権利はあるんだろうな」
せめてもの反撃に睨めつけると、随分と印象の変わった彼が、おずおずと口を開く。
「ずっと好きだったんです、あなたのこと。でもあなたは気付いてくれないし、遊里子ちゃんが田嶋さんを好きとか言うから、なんか焦れちゃって」
「気付くもなにも、そんなこと言われなくちゃ分からないだろう」
「え……?」
「君……まさか仕事終わりのあんな会話を、愛情表現とか言うつもりじゃないだろうな」
キョトンとした顔が可愛い。やはりそうか。
「はは、どんな手練かと思っていたら、小学生並みだな」
彼の爽やかさは純情故か。笑いをこらえるまま、重い腕を彼の首に回す。
「まずは恋人のキスを覚えろ。あんな乱暴なのは、もう御免だ」
(おわり)
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