第十歌 薄闇の中で

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 クヴァイトも、先代の『皇帝の龍(ヴァンナハッサイ)』ヤーバス・ドラグーンと闘い、彼を倒した瞬間、身にヴァンナハッサイの力を宿した。  ゆえに称号を引き継ぐ者は、簒奪者(さんだつしゃ)とも呼ばれる。  文字通り、命共々奪い去るものだからだった。  背を焼く熱に、クヴァイトは歯を食い縛った。  称号を受けてからは、強力な龍神を内に抑え込む苛烈な日々の連続だった。封じる龍神の姿は、クヴァイトの背にうねるような姿で浮かんでいる。  呪で縛られた龍神は、一瞬でも気を抜けば器である者を引き裂こうとしてきた。身に龍神の力を収めるためには、凄まじい精神力を必要としていたのだ。  その上、自分が先代のヤーバス・ドラグーンを弑したように、称号を狙う者たちが、クヴァイトの隙を常にうかがっている。  内にも外にも、敵がいる。  その状態に、クヴァイトは三年間、耐え続けていた。  今もクヴァイトがセレスティナの意識の底で力を使い果たしたことを察してか、『ヴァンナハッサイ』が器を引き裂こうともがいている。  燃えるような背の熱と痛みは、龍神の抗いの証だった。  クヴァイトは、必死に深い息を繰り返し、自身の力を整える。  こんなところで、倒れる訳にはいかない。  クヴァイトは瞳を上げ、薄闇を睨む。  歯を食いしばり、内側の痛みに、ただ耐える。  数度呼吸をするうちに、燃える背中の熱が収まってきた。  何とか荒ぶる龍神を制御することが出来たらしい。  長く息を吐き、クヴァイトはようやく椅子を支えに立ち上がった。  二つの力が争い内側を焼く熱。  その苦しみを、『皇帝の龍(ヴァンナハッサイ)』を身に宿すクヴァイトは、誰よりもよく知っていた。  机の上に置かれている薬湯の瓶を、手に取る。  瓶を手に、ふらつく足を抑えながら、彼は、セレスティナの寝床に戻った。 「セレスティナ・アルハレス殿」  薬湯を与えようと、そっと声をかける。  彼女は目を開けない。 「セレスティナ殿」  肩に触れようとした手を、クヴァイトは宙で止めた。  起きてクヴァイトを認めた時、彼女がどう反応するのだろうと、ふと思う。  意識の底で交わした言葉は、彼女の中には残らない。  セレスティナにとって自分は、今も嫌悪すべき存在のはずだ。  自分を睨みつけていた、激しい眼差しがよみがえる。  彼女は、屈辱に頬を染めていた――。  胸の奥に、痛みが走る。
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