第十歌 薄闇の中で

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 寝台から身を動かし、床に足を降ろした。  立ち上がろうとした途端、膝が崩れるように力が抜けていた。  思わず床に膝をつく。  すぐに立つこともままならないほどに、身が疲労していた。  体が別物のように重く感じられる。  ここでは魔導の力を使えない。その分を自分自身の器の中から補った結果だと悟る。  遅れて、細かく体が痙攣する。  クヴァイトは這って少し進み、側に据えていた椅子の座面に手をついて、何とか身を起こそうとした。  不意に、背中が燃えるように熱くなってきた。クヴァイトは片手を椅子に預けたまま、もう片方の手を背に回し、じっと荒ぶる力に耐える。  背に負う『ヴァンナハッサイ』が、クヴァイトの支配下を抜け出そうとしてもがいているのだ。  今は称号として使われる『ヴァンナハッサイ』は、龍神の名だった。  龍の名が帝国第一の剣士の称号となったのは、リベリナ帝国草創期までさかのぼる。  当時ヴァンナハッサイは、ソーランド河を母体とし、水を司る青い龍だった。  その龍を強力な呪で縛り、一人の剣士の身体に封じたのだ。  爾来(じらい)、『ヴァンナハッサイ』を体に宿す剣士は荒ぶる龍神の力も共に身に帯び、帝国第一の剣士として尊ばれるようになった。  リベリナ帝国初期から、代々受け継がれてきた『皇帝の龍(ヴァンナハッサイ)』の称号。  称号の継承は、残酷だった。  ただ殺戮(さつりく)によってのみ、称号は次代に引き継がれる。  先代のヴァンナハッサイを倒した者。  それが次の称号の継承者となる。  どのような経歴も出自も関係はなかった。  純粋に殺戮によってのみ、称号の受け渡しは行われる。
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