第十歌 薄闇の中で

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『待たせてすまなかった』  クヴァイトは短く呟く。 『セレスティナ・アルハレス殿の熱は下がっている。今はまだ眠っているが、もうすぐ目覚めるだろう』  はっと、魔族の娘が真剣な顔でクヴァイトを見る。 『目が覚めたら、食事をお持ちしろ。柔らかいもので――』  言いながら、ふっと、クヴァイトは意識が遠くなりそうになった。  必死に瞬きをして、気を保つ。 『夜の間に相当汗をかかれている。着替えの服も、頼む』  こくんと、魔族の娘がうなずく。 『私はこれから帝都に帰る。セレスティナ・アルハレス殿の世話を頼む』  わずかに、娘の表情が動いた。  それ以上立ち続けることに耐えられず、クヴァイトは娘に背を向けた。  庭に続く扉を開く。  彼の龍が、翼を開いて待っていた。 「ヴァンダル」  よろめく足を励ましながら、クヴァイトは数歩の距離を何とか乗り切る。  龍にたどり着くと、その体に身を預けクヴァイトはしばらく荒く息をついた。心配げに龍が鼻先を寄せてくる。 「大丈夫だ――。少し、疲れただけだ」  呟きながら、クヴァイトは動くことができなかった。  不意に、ヴァンダルが首をきつく曲げる。  主人の背中の服を噛むと、龍はクヴァイトを軽々と持ち上げた。  あっという間もなく、クヴァイトの体は騎乗する時の所定の位置に収まっていた。  そっと、龍が口を放す。 「すまない――ヴァンダル」  クヴァイトは鞍を握ると身を折った。真っ直ぐ体を保てなかったからだ。  龍に付けている手綱を、固く自分の身に回し、動かないように縛り付ける。ずっと持ち続けることは出来そうにない。  クヴァイトは絞り出すように呟いた。 「帝都に戻ろう、ヴァンダル」  吠え声が応える。  翼が開かれ、ヴァンダルが宙へと身を躍らす。彼は急上昇をせず、塔の高さを利用して滑空から入る。  背に乗る自分への負担を考えてのことだと、薄れそうな意識の底でクヴァイトは思う。  主人を背に乗せ、龍は翼を張って帝都へと空を滑っていった。  夜明けを迎えて間もない空が、黄金色に染まっている。    龍の背から、はるか太陽の昇る方向へクヴァイトは目を向けた。  あの方角に、セレスティナの故郷がある。  美しく花の舞う、平和で穏やかに時が過ぎる国が――    帝都までのわずかな時間。  龍に身を任せることを、クヴァイトは自分に許した。
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