第十一歌 王城

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第十一歌 王城

   龍は王城にある龍舎の中庭に、ふわりと舞い降りた。  優しい降り方だった。  クヴァイトは素早く手綱を身から放し、両足をそろえて龍から滑り降りた。  飛行を終えた龍が、主人を気遣うように顔を向ける。 「ありがとう、ヴァンダル。私なら大丈夫だ。お前が気をつけて飛んでくれたからな――」  かすかな吠え声で龍が応える。  クヴァイトの到着を知って、龍の世話係が走って来た。 「ヴァンナハッサイ様!」  まだ少年だった。 「ティコ」  駆け寄る少年の名を、クヴァイトは呼ぶ。 「昨日一晩、ヴァンダルは外で過ごしている。すまないが鱗に気をつけてやってくれ」 「わかりました!」  元気よくティコは答える。 「昨夜お帰りがなかったので、心配していました。大丈夫でしたか?」 「ああ。どうしても手が離せない用事が出来た」  もう一度、ヴァンダルの鼻を撫で 「ティコが世話をしてくれる。安心して休んでくれ、ヴァンダル」  と声をかける。  が、鼻を押し付けて、ヴァンダルは動かない。 「一晩中待って、腹が減っているだろう。この後外に出る予定はない。たくさん食べさせてもらえ」  いつもなら、食事の話をすると大喜びするヴァンダルは、それでもクヴァイトの側から動かなかった。  自分を心配しているのだと、クヴァイトは思い至る。 「私なら大丈夫だ」  安心させるように、クヴァイトは呟く。  気づかれてはならない。  身の内の疲労を。  ぽんともう一度鼻を撫で、クヴァイトは名残を断ち切るように、自分の龍に背を向けた。引き裂かれるような痛みを感じながら、安心して身を任せられるたった一つの存在の側を離れる。  ヴァンダルの鳴き声が聞こえる。もう少し、自分の側に居ろと引き留めているのだ。  振り切るように、クヴァイトは歩を進めた。  安らぎは、自分には許されていない。  この手はあまりにも多くの血に濡れている。あまたの怨嗟を受けて進む道だ。心の安寧など望んではならないことだった。  クヴァイトは、セレスティナのことを大魔導士に報告するべく、震える足を叱責しながら王城へと入る。  大魔導士の執務室のある地下へは、王城の大回廊を通らなくてはならない。  人目も多い。  警戒しながら進むクヴァイトは、厄介な人物と出会ってしまった。  よりによって、と舌打ちが出そうになる。
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