第十一歌 王城

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   大回廊に居たのは、百基(ひゃっき)将軍のアーナド・シャストだった。  彼は王家に繋がる血を持ち、家柄だけで将軍職を得ていた。  年若く、実戦経験は皆無な上に矜持だけは高い。  一度、クヴァイトは彼と討伐を共にしたことがある。家柄が上であることを理由に自ら指揮を望んだが、蓋を開けてみれば臆病風に吹かれ、ほぼ役立たずで面目を潰していた。  結局、クヴァイトが天雷を下して戦を何とか勝利に導いた。にもかかわらず、彼はクヴァイトが最終局面になるまで手を抜いたと主張し、自分は恥をかかされたと言い張って逆恨みをしている。    今、一番顔を合わせたくない人物だった。  彼の前を通らなければ大魔導士の元には行けない。常なら、転移の呪を使って彼を回避するところだが、今自分にその力は残されていない。  幸いなことに、彼の周りには、数人の若い貴族が居る。彼に追従する取り巻き達だ。彼らの影になって気付かれない可能性もある。  極力視界に入らないように配慮しながら、クヴァイトは前だけを見て進んだ。    だが。  供も連れず急ぐクヴァイトの姿を、アーナド・シャストは目ざとく見つけてきた。 「これはこれは、ヴァンナハッサイ殿」  妙に甲高い声に呼び止められる。  相手は王族だ。声を掛けられれば足を止めるしかない。  クヴァイトはさっと彼に向き直った。 「百基将軍アーナド・シャスト殿」  軽い礼を取る。  取り巻き達がわざわざ位置を動き、アーナド・シャストにクヴァイトの姿が見えるように配慮する。  彼はふっと笑いながらクヴァイトに尊大に話しかけてきた。 「随分急いでいらっしゃるようだ。そのご様子では大魔導士殿のところへかな?」 「はい、火急の用です。ご無礼を」  礼は尽くした。  立ち去ろうとしたクヴァイトの背に、言葉が飛ぶ。 「宮廷一の剣士の名を得ても、やはり大魔導士殿のところが良いのかな、お稚児殿は」  さざ波のような笑いが起こる。  気にするな。言いたい者には言わしておけと、クヴァイトは内に呟いた。  彼らの将軍職は飾りだ。実質の軍は実戦で鍛え上げられた千基(せんき)将軍がとる。  地位がなければ彼らの存在意義はない。  身の危うさを一番知っているのは王族の彼らだ。皇帝が代替わりをすれば、抹殺されるのは自分たちだと。  不安な心を、クヴァイトにぶつけているだけだ。  そうは理解できる。  クヴァイトが黙っていることを、了承の意味に取ったのか、アーナド・シャストの声がなおも大回廊に響く。 「忙しいのは良いことだ。また今度戦に出た時も、よろしく頼むな――今度は手を抜かずにいてくれよ」  いつもなら、軽く受け流すことが出来た。  だが、体力の限界で立っているクヴァイトにはその余裕がなかった。  ゆっくりと、クヴァイトは振り向いていた。
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