序歌 産声

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序歌 産声

 王は、夜の星を見つめていた。  産屋(うぶや)から、まだその声は聞こえない。王は瞬く星々の囁きに耳を澄ますように、じっと虚空に眼をこらしていた。  側に控える腹心のドルティアに、耐えかねたように問いを呟く。 「知らせは、まだか」  ドルティアは静かに首を振った。 「まだでございます、陛下」  キシュワド国王カシュカド・ラヴァンスは初めての子の誕生を待っていた。  妃を迎えてから十歳(ととせ)。やっと授かった待望の後嗣だった。  初産のためか、予定よりも出産が長引いているようだ。  王は星を見つめる。    金玉星(きんぎょくせい)がひときわ強く輝き、炬火星(きょかせい)はその色を失うかに見えた。大慶星(たいけいせい)は地平を出たところだ。  澄んだ冬空に、鮮烈な輝きが瞬く。  王に星見の才はなかったが、常ならぬ星々の輝きが妙に心を搔き乱す。 (この星は、何を指しているのだ。何があるのだ)  王は唇を噛んだ。 (遅い)  視界の彼方、産屋には煌々とかがり火が焚かれている。  天を焦がすかのように揺らめく炎の数々は、地上の星々のようにも見えた。  吐息が白く闇に溶ける。  王は両手を握り締めた。  長い忍耐の時間ののち、産屋に動きがあった。  にわかに人の出入りが激しくなる。  王は産屋へかけてゆきたい衝動を必死に抑えていた。  産屋は男子禁制だ。  その禁忌を犯せば、妃と子に災いが降りかかる。  解っていても焦燥が身を焼く。  妃は無事なのか。子は息をしているのか。男か、女か……。  想いはたぎるが、王は懸命に押し殺し石のように佇んでいた。  と。  不意に側の空気が揺れた。  同時に、柔らかな声が空間に響く。 「長子誕生の、まずは祝いを言わせてもらおうか、カシュカド王」  とっさに振り向いた目に、痩身優美な男が映った。着衣は粗末だが、一国の王を前にしても揺るがぬほどの尊大な態度だった。  男は長い黒髪を風になびかせながら、細めた目で王を見返している。  先程まで、誰も居なかった空間だった。  腹心が動こうとするのを、王は手で制した。 「高位の魔導士(まどうし)殿とお見受けするが」  ゆっくりと男が微笑んだ。 「さすがは、ヒースクライアの血筋だな。肝が据わっている」  笑いを含んだ声で男は応えを返した。 「私は外れの者。紫の隠者と言う者もあるが――好きに呼ぶが良い」
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