1472人が本棚に入れています
本棚に追加
/1650ページ
序歌 産声
王は、夜の星を見つめていた。
産屋から、まだその声は聞こえない。王は瞬く星々の囁きに耳を澄ますように、じっと虚空に眼をこらしていた。
側に控える腹心のドルティアに、耐えかねたように問いを呟く。
「知らせは、まだか」
ドルティアは静かに首を振った。
「まだでございます、陛下」
キシュワド国王カシュカド・ラヴァンスは初めての子の誕生を待っていた。
妃を迎えてから十歳。やっと授かった待望の後嗣だった。
初産のためか、予定よりも出産が長引いているようだ。
王は星を見つめる。
金玉星がひときわ強く輝き、炬火星はその色を失うかに見えた。大慶星は地平を出たところだ。
澄んだ冬空に、鮮烈な輝きが瞬く。
王に星見の才はなかったが、常ならぬ星々の輝きが妙に心を搔き乱す。
(この星は、何を指しているのだ。何があるのだ)
王は唇を噛んだ。
(遅い)
視界の彼方、産屋には煌々とかがり火が焚かれている。
天を焦がすかのように揺らめく炎の数々は、地上の星々のようにも見えた。
吐息が白く闇に溶ける。
王は両手を握り締めた。
長い忍耐の時間ののち、産屋に動きがあった。
にわかに人の出入りが激しくなる。
王は産屋へかけてゆきたい衝動を必死に抑えていた。
産屋は男子禁制だ。
その禁忌を犯せば、妃と子に災いが降りかかる。
解っていても焦燥が身を焼く。
妃は無事なのか。子は息をしているのか。男か、女か……。
想いはたぎるが、王は懸命に押し殺し石のように佇んでいた。
と。
不意に側の空気が揺れた。
同時に、柔らかな声が空間に響く。
「長子誕生の、まずは祝いを言わせてもらおうか、カシュカド王」
とっさに振り向いた目に、痩身優美な男が映った。着衣は粗末だが、一国の王を前にしても揺るがぬほどの尊大な態度だった。
男は長い黒髪を風になびかせながら、細めた目で王を見返している。
先程まで、誰も居なかった空間だった。
腹心が動こうとするのを、王は手で制した。
「高位の魔導士殿とお見受けするが」
ゆっくりと男が微笑んだ。
「さすがは、ヒースクライアの血筋だな。肝が据わっている」
笑いを含んだ声で男は応えを返した。
「私は外れの者。紫の隠者と言う者もあるが――好きに呼ぶが良い」
最初のコメントを投稿しよう!