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「霧ちゃん、お出かけをしようか」
「お出かけ?」
「そう。少し行ったら川があるでしょう。そこにね、花が咲いたんだ。外を歩くのは怖い?」
霧子が首を振ると、こだまが「決まりだね」と霧子の髪に手を伸ばした。
ランタンを片手に二人は家を出た。闇の中に、こだまの持つランタンだけが温かな明かりを作っている。
川縁に差し掛かると、こだまは早足で雑草の元へ向かい、そして屈み込んだ。霧子は不思議な違和感を覚えたが、その正体は見つけられなかった。
「霧ちゃん、こちらにおいで。良いのものが見られるから」
そうしてこだまは立ち上がり、霧子へ手を差し出した。
霧子は直ぐにはそばに行かずに、ランタンの明かりに照らされたこだまの目を見つめた。
こだまの綺麗な漆黒の瞳を見ると、いつだって霧子は吸い込まれるように彼のそばへ行く。
歩み寄り、こだまの手を取ると、眼下に映ったものは闇に染まった妖艶で鈍い赤色の花弁を持つ花であった。地面を見つめるように咲いていた。
「これはね、翁草というんだよ」
「翁草?」
霧子が問いかけると、こくりとこだまが頷いた。
霧子の手を握ったまま、こだまはしゃがみ込み、ランタンで翁草を照らしたから、霧子もそれに倣った。
「見て、花弁や茎の周り」
それは真っ白なふかふかとした綿のような毛で包まれていた。
「老人のね、白髪に見立てて名前が付いたんだって」
じいっと翁草を眺めるこだまの手を握りしめながら、霧子は自分が年老いた時のことを想像してみた。
その時、こだまはそばに居るだろうか。
年老いたこだまを想像してみようと思ったけれど、どうしてか無理であった。
「こだまさん。こだまさんもいつか」
そこで露子は喉をつまらせた。
「いつか、なに?」
いつだって霧子は自分を誤魔化す。
「年老いたこだまさんを想像してみたら、不思議な気分になっただけ」
霧子は年老いた自分が孤独であることしか想像ができなかった。手を離して、こだまの服をぎゅっと握った。気付かれませんようにと祈りながら、そうして只管に翁草を見つめた。
「そのうちにね、これらは綿毛になるんだ。その時、また一緒に見にこようね」
と、霧子はひとつだけ言ってみたい言葉を見つけた。
「約束?」
「そう、約束」
先ほど想像してしまった自分の孤独に対する虚しさを手放せたのは、霧子がひどく愛するこだまの手が髪を撫でたからだ。
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