1 ~梨子1~

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1 ~梨子1~

 人は着るものによって、気持ちが変わる生き物だ。  場に合う装いは、そのを場を楽しもうという気持ちの表れであり、その装いを見た人は、この人がこの場を楽しもうとしていることを少なからず、感じ取るだろう。  その場にふさわしい装いをしているという事は、第一のコミュニケーションが取れているということ。  今、私、水城梨子が着ているのは振袖だ。  そう、あの。世の女性の多くは成人式に着る。きっとそれが一生に一度だと言う人がほとんどであろう。  いとこの結婚式で、いとこが自身の成人式で着た振袖を、どうしても着て欲しいと言われて、着た次第である。  二つ年上のいとこの水城環奈ちゃん。この結婚式の主役。  結婚式の受付を頼まれて、快く引き受けたら、衣装の指定をされたのだ。  それが、この、黒地に古典柄の花が散りばめられた大振り袖。帯も黒地にシルバーと赤で大きな蝶が羽ばたいていて、帯揚げと帯締めは真紅。ついでに、飾り襟も真紅が付いている。  私たちの祖母が着た振袖を環奈ちゃんがとっても気に入って、仕立て直したものだ。  「結婚したら、振袖は着られないから、最後に目に焼き付けておきたい。」  と。  環奈ちゃんが成人式と、大学の卒業式に袴に合わせて着たのを思い出す。背が高くて色白で、黒目が大きくはっきりとした顔立ちの環奈ちゃんには、黒がとってもよく似合う。  私は環奈ちゃんには頭が上がらない。  中学、高校と、勉強せずにギャル雑誌の読モをしていた私に、将来のためにと勉強を教えてくれたのは、親戚の中で一番の頭脳を持つ環奈ちゃん。  一人っ子で、激甘の両親の元を離れて進学するのに、私が大学を卒業するまでは一緒に暮らすからと言って、両親を説得してくれたのも環奈ちゃん。  家事が一切できない私の面倒を4年間も見てくれたのだ。  26歳になった今でも家事は出来ないが、親元に戻ることなく、大好きなアパレルの販売員が出来ているのは環奈ちゃんのおがげだ。  控室で二人になった時、純白のウエディングドレスに身を包み、今まで見た中で一番きれいな環奈ちゃんに質問した。  「ねぇ、環奈ちゃん。どうして結婚しようと思ったの?」  結婚に、夢も希望も憧れも無い私には、パラリーガルとしてバリバリ仕事をする環奈ちゃんが、相手がエリート商社マンでも、28歳にして結婚を決めて仕事を辞める行為に、疑問を感じずにはいられなかった。  「彼がプロポーズしてくれたのが、嬉しかったの。だからよ。」  単純な答えに、キョトンとしていると、クスクス笑いながら、付け加えた。  「それに、彼、四月から、海外赴任が決まってたし。彼を手放したくないと思ったのよ。私の側に居て欲しいって。」  リアルな本音を聞いて、結婚って単純なものなのかもしれないと思った。  「梨子は今、彼氏、いないの?」  幸せオーラが溢れ出ていいる環奈ちゃんに、質問をされる。  そう言われて、当てはまる人はいない。  でも、顔を覗かせる人がいる。  「彼氏はいない。当分恋人はいらない。」  そう言って、彼氏という存在の煩わしさを思い出す。男は結局、彼女には容姿よりも家庭的であることを望むのだ。私にその要素は一つも無いので、付き合っても長続きしたことがない。  「そうなの?でも今の梨子は、何だか幸せそうよ。充実してるのが滲み出てる。」  そう言われて、鏡を見た。  そこには、人並み以上の容姿を持ち、その上、綺麗に着付けとメイクをされた、私がいた。  溢れ出る幸せ?  そんなの分かんない。  でも、確かに満たされた日々を過ごしている。仕事もプライベートも。  「環奈ちゃんの幸せが駄々洩れで、私からは何にも感じないよ。」  そう言うと、顔を見合わせて笑いあった。  「環奈ちゃん、おめでとう。幸せになってね。」  ありきたりな言葉だけど、素直な私の気持ちだ。  「ありがとう。梨子にも素敵な人が見つかるといいね。」  「今日の受付で、ちゃんとチェックする。私に幸せ、分けてよね。」  そう言うと、また顔を見合わせて笑いあった。  環奈ちゃんは私の嗜好を理解してくれる、数少ない人。  今日の、受付を快く引き受けたのには下心もある。  男性の招待客のお顔を拝見するためだ。  私が男に求めるのは、顔。  性格も収入も関係ない。顔とスタイルが良ければいいのだ。私の視覚を満足させてくれる出会いを、今日は期待している。  環奈ちゃんの結婚式は特に変わった演出は無く、極々一般的であったけど、それが返って感動的で幸せな気持ちになった。  唯一残念なのは、私のお眼鏡に適うイケメンが居なかった事。  惜しいのは一人いたけど、真君と比べると、格段に落ちる。  今の私の基準は、加賀美真君になっている。  今のところ、私の欲望を満たすことのできる唯一の男。  一人暮らしをするマンションの隣人で、職場まで隣。カフェレストランの厨房を担当していて、めったに表に出ない。痩身で長身、手足が長く、モデル並みのスタイルを持つ、超絶イケメンの友人だ。  記録的な猛暑が続いた去年の夏。マンションの部屋の前で酔い潰れて寝ている私を部屋まで運んでくれたのが、ファーストコンタクト。それまでは、隣人であっても、挨拶もしなかった。そこから、お互いに意識し合うようになって、この冬の初めに私が声を掛けたのだ。  「お友達になりませんか?」と。  でも、私達が友人関係にあることも、隣の部屋に住んている事も、周りの人達には秘密。  だって、私達は人には言えない欲望を、お互いに満たし合う関係だから。  一週間の休暇は結婚式以外はずっと実家でゴロゴロしていた。たまに帰ると、極甘の両親の愛情も悪くない。でも、期待していた結婚式でのイケメン探しが空振りに終わったのが、思った以上に心のエネルギーを消費させていた。  これは早く帰って、真君の顔を見なければ。  必要以上に連絡を取らない私達は、この一週間、LINEのスタンプでさえ送り合っていない。だって、LINEで顔は見られない。  私は生身の真君が見たいのだ。満足するまで舐め回すように。  顔が小さくて、スタイルの良い身体。大きな二重の瞳と鼻筋が綺麗に通っていて、ほど良い薄さの唇。今まで私を満足させてきた、どのイケメンたちよりも、イケメン。  日本の宝だわ。  そう思うと、居ても立ってもいられなくなった。ソワソワした気持ちを抑え込んで、夜、一人暮らしをするマンションに戻った。  明日の朝に会えるといいな。  お土産でも買ってきたら、今夜、尋ねられたかも。  そんな事を考えて、手ぶらの自分にがっがりした。  ソワソワした気持ちが胸から喉まで込み上げてくるのを感じながらエレベーターを降りる。自分の部屋へと向かうと、部屋の近くに女が立っていた。  スマホを見ているので、長い髪が顔に掛かって、顔は見えないが、赤いマフラーが印象的な上に、タイトな黒のライダースと黒のスキニージーンズがこれでもかってくらいに、グラマラスなラインを強調している。俗に言ういい女風。  私が近づくと、顔を上げた。  目が合いそうになったけど、すぐにスマホに視線をおとす。  私は女の前を通り過ぎて、自分の部屋のドアを開ける。  一週間ぶりの我が家は、出て行った時と何も変わらない。  ソワソワしていた私の心は、すっかりザワザワに変わっていた。  だって、女が立っていたのは、真君の部屋の前だった。    
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