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ぼくの配属先は、通信販売部門という部署だった。
このご時勢、働ける場所があるだけで幸せという時代に贅沢など言うつもりはない。
しかし、正直なところは、ぼくの希望職種は菓子を売る方ではなかった。
店先に並ぶ洋菓子を作ること、洋菓子職人になりたかったのだと思う。
自身の手から何かを生み出すこと、それは、魔法のように素晴らしいものだと思えたのかもしれない。
今となっては、菓子というのはただの口に入れば同じ。消耗品のように思えるけれども。
今となっては、全てが負け惜しみでしかないということは理解しているけれども。
ぼくには、人に自慢できるような秀でた器用な手先はなかった。
だから、どこに配属されようとも、その場所でぼくの出来ることを懸命にやるまで。単純な言葉だった。
頑張ろう、頑張るんだ。それを自己暗示のように繰り返していた。
たとえ、建物内に一歩、足を踏み入れただけで、黒いスモークでも焚いているのかと目を疑ってしまうような光景が出迎えても変わりなかった。
あの頃のぼくは、確かに頑張ろうと思っていた。
頑張れば、頑張って一日一日を過ごしていけば、いつかはそういう苦しい時が過去になって、過ぎたもの終えたもの、として処理できるはずだと。
もし、これがドラマならば、次のシーンでは、もう二、三年後のシーンになっているのだろう。
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