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ぼくは、外にいた。この夢の中も夜なのだろう、目の前には真っ暗な闇が広がっている。
その暗闇にぼぅうっと何かが浮かんで見えた。
それは、嫌と言う程に見慣れた会社のシンボル、ぼくが何度も拝んだあの、金属製の看板のようなあの。
×××
ぼくは、睨むようにじっと見つめる。
お前が……お前がと。
そこで夢から覚めた。
次の夜、ぼくは会社の前に立っていた。昨夜と変わらず、これは夜の闇が広がる夢のようだ。
また、ここか。
ぼくは顔を顰めながら、早く帰ろうと歩き出す。
すると、建物から次々と無数の白い手が勢い良く伸びてくる。
ぼくはその手に掴まらぬようにと軽い足取りで駆けて行く。
夢の中のぼくは、恐ろしい光景にも何故か落ち着いて対処できるのだ。
追って来ていた手がもう来ないのだと分かると、安心感から立ち止まる。
そっと背後を振り返る。それはちょうど。
ええ、ええ。
怒気を孕んでいるような低い唸り声。
細い目をギイイッと吊り上げて、刃物のように光る鋭い牙をニヤリと見せて、それは、まるで化け猫のように。
×××が、ぼくに襲い掛かるように跳んできたところだった。
しかし、これは夢なのだ。慌てることは何もない。
ぼくは、偶々、日本刀を所持していた。右手に確かな重みがある。
夢だから。
ぼくは構え方も知っている。
夢なのだから。
ぼくは、それで相手を傷付ける術も分かるのだ。
上手く、斬り付けることもできるのだ。
何度も何度も斬り付けた×××には、パキパキと割れ目が入り、バラバラバラと破片になりながら、宙を舞うようにヒラリヒラリと落ちていく。
その姿を横目に、ぼくは踵を返す。
その次の夜、ぼくは昨夜と同じ場所に立っていた。
周囲を見渡す。
割れてバラバラになった×××が、今一度形を成そうとしているのだろうか。
小刻みに震えながらチカチカと動いているのを見付ける。
どうしようかどうしようか少し慌てながら、とりあえず一歩踏み出そうとしたが、そのまま足は動かない。
ぼくの世話をしてくれた若い上司が、その白い手が汚れるのも構わずに、その×××の破片を掻き集めている姿を目にしたからだ。
こちらからでは顔まで見えないが、ふわふわとした柔らかそうな腰まで届く、あの長い髪の毛は見覚えのあるものだった。
彼女は、集めた破片を両手に抱えて、走り出す。
ぼくは後を追わないが、これは夢の中の出来事度だから。
見えない場所で彼女がどうしているのかは、手に取るように分かるのだ。
何度も身投げしようかと通ったあの河川敷に、小さな穴を深くふかく掘って、そのまま土に埋める姿が鮮明に見えた。
暗闇だというのに。
彼女の口が弧を描くように歪んでいくのが、それはもうはっきりと。
それなりにきれいな女性だったと思う。
今は、とても美しいと思えた。
上着のポケットをゴソゴソと探ると、ライターがあった。
夢の中だから。喫煙家ではないぼくも所持しているのだろう。
家を出る前に、両親には見つからぬようにと、こっそり持ち出した石油の入ったポリタンクも足元にある。
夢だから、非常にご都合主義で成り立つ世界だから。
必要なものは、全て揃っている。
三ヶ月前まで毎日のように掃除をしていたあの玄関に、ドクドクドクドクドクンと石油を撒き散らす。
慣れぬ手つきでライターに火を付け、ねっとりとした水溜りに向かってそれを放り投げた。
ボオオォウと音を立てて燃え上がる炎は、闇を切り裂く光明に見えた。
いつ振りだろうか。口元が緩んで、笑っているような顔になる。心臓はドクンドクンと高揚して、その高鳴りは痛い程に強くなっていく。
それは夢から覚めた今も、何ら変わらずにドクンドクンドクンと苦しくて嬉しくて、あぁ。
「そういえば……オレ、いつ布団に入ったんだろう」
うっすらと紫色に染まり始めた空の下、見慣れた愛車を視界の片隅に捉える。
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