<第十四話・無形>

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「“Voorish sign”……」  まずは他に“敵”や痕跡がないかを確認。同時にひ弱な人間としての体にブーストをかけるべく、補助魔法を作る。“ヴールの印”。他の呪文と比べれば消費魔力も低く、ほんの少し空中に指で印を描くだけで終わる呪文だ。  澪の右手がきらりと光り輝き、何かお印を一気に書き起こすのを見て由羅が目を見開く。ただの人間にすぎない彼女が、魔法と呼ばれるものを実際に目撃することは初めてだろう。そうでなくても、この呪文はあまり文献に残されていないものである。載っている魔導書も極めて少ないものであったはずだ。 ――無形の落し子は一体……他に敵らしいものもいないようですし、さっさと消してしまいますか。  相手の力を理解してか、あるいは理解できる知能もないのか。真っ黒なスライム状の生命体は、一気に道路を滑るようにしてこちらに近づいて来る。  だが、鹿島が襲われた時とは違って距離があるこの状況。次の呪文をかける間は、十分ある。 「“Shrivelling”!」  高らかに唱える、“萎縮”の呪文。人間としての澪の体は人間相当の耐久しかないが、魔力は神格のそれに等しい。莫大な魔力の本流に、たかが下級の奉仕種族ごときが抵抗できるはずもないのだ。  それは、例えるならば落雷にも似ていたことだろう。  青白い閃光が黒い塊を強烈なまでに打ち据える。生き物の鳴き声とは到底思えぬ、甲高く耳障りな絶叫が響き渡った。次の瞬間、派手に焦げ付いた無形の落し子は、ざああっと黒い砂のような状態になって崩れ落ちていく。  自分達のところまで、あと三メートルばかりという距離だった。 「あともう少し足は早ければ、私達を食えたのに……残念でしたねえ。まあ、足っていうものが貴方にあるのか知りませんけど」 「す、凄い……」  由羅はどこか感激したように、崩れ落ちた落し子の残骸と澪の顔を交互に見比べている。果たして彼女は、この状況の深刻さにどこまで気づいているのだろう。自分達の“戦闘”は、間違いなく監視者達に見られているはずだというのに。 ――あーあ。結局バラしちゃったじゃないですか、敵側に。私の正体もそのうち探り当ててきそうですよねえ。びっくり大作戦、台無しです。  間違いなく、敵は手を打ってくるに決まっている。それもまた面白くはあるのだけれど。 ――対策を考えないといけませんね。……やっと楽しいゲームになってきたところなんですから。
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