第45話 幽霊の正体

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「……それとワタナベさんと、どうゆう関係があるんだ!?」  麗はそう問い質したが、流星は質問には答えず、カウンターに浅く腰かけると淡々と喋りはじめた。 「……そもそも《天国系薬物》には奇妙な点が多い。《Ciel(シエル)》や《Caelum(カエルム)》、《Paradiso(パラディソ)》といった具合に、微妙に配合を変えた薬物が何種類も出回っている。そして、それらの末端価格はびっくりするほど安い。薬物といえばキロ当たり数万は当たり前だが、《Ciel(シエル)》の初期価格は錠剤シートが一枚五百円だ。つまり、連中は最初から薬物で儲けることを考えていない」 「……」 「さらに奇異なことに、どれだけ薬物売買で成果が出ようと、《Ciel(シエル)》の元売りから薬物売買に絡んでいる《外部組織》へ資金がほとんど渡っていない。このことからも連中―――《外部組織》が儲けを度外視していることがよく分かる。だったら連中の目的は何だったんだろうな? 金じゃないなら何が欲しかったんだ? ……先生なら大体(おおかた)の予想はつくだろう?」  直視するのが躊躇(ためら)われるほど、冷ややかで威圧的な視線が麗へと向けられる。まるで、はぐらかすのは絶対に許さないと言わんばかりに。  何か言って話の矛先を逸らさなければ―――麗はさかんに視線をさ迷わせるが、すぐにあきらめて溜め息をついた。  抵抗など無意味だ。この二人の《死刑執行人(リーパー)》は殺しを何とも思っていない。圧倒的に不利な立場に置かれている麗は大人しく質問に答えるしかなかった。 「……。薬物の治験だ。おそらく彼らは薬物がどの個体にどれだけの効用があるか調べたかったのだろう」  すると流星は満足そうにニッと笑う。 「さっすが~! 先生、呑み込みが早いね。……マリアが送ってくれた成分分析表によると《Ciel(シエル)》、《Caelum(カエルム)》、《Paradiso(パラディソ)》……といった薬物は《アニムス抑制剤》と危険薬物の配合が違うだけじゃなく、含まれる《アニムス抑制剤》そのものの成分も微妙に違っているらしい。しかも、どれも(ちまた)で一般的に流通している《アニムス抑制剤》とは違う……つまり新型って奴だ」 「……」 「彼らは《監獄都市》で薬物市場を開拓したかったわけではなく、《新型》のうち誰にどの(抑制剤)がどれくらい効くか……それが知りたかったんだろう。連中が欲しかったのは金ではなく、そこから得られるデータのほうだったんだ。《監獄都市》はゴーストだらけの街だ。世界中を探しても、これほどゴーストを一か所に集めている地域は他にないだろう。《アニムス抑制剤》の新薬を大規模治験するには、うってつけの環境だったってワケだ。治験が成功し、新型(アニムス抑制剤)が完成すれば莫大な利益が転がりこんでくる。なにせ『患者』は世界中にいるんだからな。だから薬物の儲け度外視でも、十分採算がとれる。ただ、《監獄都市》という外部から閉ざされた街では、内部に潜り込んで治験のデータを回収する人間が必要だった」 「……。それがワタナベさんだったというわけか……!?」  麗は右手を額に当てて呻いた。聞けば聞くほど頭痛がしてくる。あまりに荒唐無稽(こうとうむけい)な話に眩暈(めまい)すらしそうだ。  すると流星は麗に頷きを返した。 「そーゆーこと。薬剤師なら薬物の情報を収集していても疑われることがなく、複数の診療所に潜り込むこともできる。まさにうってつけの職業だったってワケだ」  流星の説明は理解できなくもないが、それは理屈のうえでの話だ。麗はワタナベを信用していた。その仕事ぶりを評価し、頼りにしていたのだ。  そのワタナベが《天国系薬物》を拡散させていた黒幕の一味だったと告げられても、にわかに信じる気にはなれない。  半信半疑の麗に流星はなおも説明を続ける。 「……これがただの治験だったなら、まだ良かった。問題は危険薬物と混ぜたことだ。おそらく、これが新型(アニムス抑制剤)の大規模治験だと知られると、いろいろとまずい事情があったんだろう。同業他社への情報漏洩を阻止する観点からか、何らかのカモフラージュをする必要があったんだろうが……それで危険薬物を選ぶあたり、まるで《監獄都市》に蔓延(はびこ)っているゴーストなど、どうなろうと構わないと言わんばかりの手法じゃないか?」  流星は皮肉交じりに唇の端を吊り上げた。その声が含むのは自嘲(じちょう)敵愾心(てきがいしん)だ。《監獄都市》に否応なしに閉じ込められている自分たちへの自虐、そして《関東大外殻》の外部勢力への敵意。 「それは……否定しない。外部の人間の中にはゴーストに人権を認めないどころか、そもそも人とも思っていない連中が多いのも事実だ」  《監獄都市》はいわばゴーストの不法投棄場なのだ。《ゴミ置き場》に廃棄されたゴミに人権などあるはずもない。流星が憤るのも分からなくはないが、だからと言ってワタナベに対する二人の仕打ちは常軌を逸している。石蕗は唇を噛むと声を荒げた。  「しかし……彼は人間だぞ! この街では《死刑執行人(リーパー)》はゴーストしか殺さないルールじゃないか‼」 「いや、この薬剤師はゴーストだ」 「な……そんな馬鹿な! そんな素振りは無かったし、薬剤師免許も……‼」  だが、流星は首振って麗の言葉を遮る。 「確かにゴーストは国家資格や免許の取得はできないが、免許の偽造はいくらでもできる。この男は《関東大外殻》の周辺でしばしば姿が目撃されていた。アニムスを使って《壁》をすり抜けていたんだ。少し前に《関東大外殻》の周辺で幽霊話が流行っただろ? あれはこいつが原因だ」 「まさか……! ゴーストは《関東大外殻》の外に出ることはできないはず……‼」 「確かに《監獄都市》に収監されたゴーストは《関東大外殻》の外に出ることができないが、中には《壁》の外に出られるゴーストも存在する。どうして《壁》を越えられるゴーストと越えられないゴーストがいるのか、どうしてこの薬剤師は《壁》をすり抜けられたのか……先生ならその理由に心当たりがあるんじゃないか?」 「……」  流星の凍てつくような視線が麗を凝視する。わずかでも動揺を見せたら、二人の《死刑執行人(リーパー)》は麗を敵と認定するだろう。  奈落は悠長に煙草をふかし、流星と麗の会話には興味もないと言った風に視線をよそに投げているが、決してその場から離れない。その気になれば、あっという間に麗を取り押さえられる距離に、常にいる。  足が震え、喉の奥が干上がり、動悸(どうき)も激しくなる。呼吸をするのさえも困難だったが、まだここで死ぬわけにはいかない。ましてや無様に尻尾を出して、目的を阻止されるわけにもいかない。  まだ、自分はすべきことを為していない。斑鳩夏紀(いかるがなつき)の名を捨て、過去を封印し、それでも取り戻さなければならないものが、この街にはあるのだ。
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