本当の加害者は

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本当の加害者は

「どうぞ」  言って、小さなテーブルに三人分のコーヒーを置く。  吉岡常務が「すまない」と呟き、彼の姪御である真奈美さんが「すみません」と同じような事を口にした。  京介だけが、私に「ありがとう」と礼を述べた。 「今日この二人を連れて来たのは他でもない、あの画像の説明をする為だ」 「あの画像……って」  言われて、思い浮かべるのは一つしかなかった。  そんな私の顔を見た京介が、ニヤリと笑う。 「そうだ。この吉岡常務の娘さんと、俺が写ってたあの画像だよ」  笑みを浮かべたままの京介が、常務と真奈美さんを見据えた途端、二人の肩がビクついた。  真奈美さんはともかくとして、仮にも常務である彼が、どうして京介の態度に怯えているのだろう。  そう思った時だった。 「申し訳ないっ!!」 「え?」  大きな声で謝罪の言葉を口にして、がばっと常務が頭を下げる。それはさながら土下座そのもので、私は突然の行動に驚いてしまった。  先ほども急に頭を下げられて吃驚したけれど、一体なぜ、この人が私に謝罪などするのだろう。 「長谷川さん、君に送られたあの画像は、この真奈美が桐島君を罠に嵌め、第三者に撮らせた上で送りつけたものだ。っ本当に申し訳ない! 桐島君から、それが原因で婚約を破棄されたと聞かされた。全ては真奈美の愚かな行為のせいだ。桐島君に非は無い。彼はむしろ被害者だ」  口早にそう告げた吉岡常務は、隣に座る真奈美さんの頭を鷲掴みして一緒に頭を下げさせた。  「ごめんなさい!」と涙声で告げる彼女は、顔を下げたままぐずぐずと泣き続けている。  二人のその姿に、内心戸惑いながらも、常務の言葉が私の心で繰り返されていた。 「第三者に、撮らせた……?」  呆然と呟く私に、吉岡常務が顔を伏せたまま、肯定の言葉を述べた。  それを見て、京介がふんと鼻を鳴らす。 「そういう事だ。あの頃やたらと常務の名前で呼び出されたんだ。さすがに俺も断れなくて、付き合っていたら彼女がいつもそこに居た。おかしいとは思ってたんだ。俺以外の面子も、皆その時に人事で噂になってた奴ばかりだったからな」  吐き捨てる様に説明に補足をして、京介がコーヒーに口をつける。  それと同時に顔を上げた常務が、私を見ながら続きを告げる。 「真奈美は、私の名を使い、自分の気に入ったものを選んで連れて来ていた。私には「社の将来について語りたいと言っている若い実力者が居る」と……。彼らを今の内に味方につけておけば、将来他の重役達と対立する事になっても強い布石になると言って。けれど実際は、ただ自分が気に入った男達、しかも将来有望だと目星をつけた男を自分に振り向かせる為だけの、ホストクラブ紛いの行いがしたかっただけなのだ」  吉岡常務の言葉を受け、真奈美さんも顔を上げたけれど、彼女の目からは大粒の涙がぼろぼろと零れていた。  以前会社で見かけた、少女らしさの残る女性の見る影も無く、マスカラが涙で流れて黒い筋を作っている。 「っふっ……ごめっ……ごめ、なさぁ……っ」  しゃくりあげながら、謝罪の言葉を言ってくれているけれど、そのほとんどが言葉になってすらいない。 「私の名を使っても自分に靡かなかった男は、腹いせに悪質な画像を撮影し、相手の交際相手などに送り付けていた。愚かにも社用のアドレスを使ってだ。社内サーバーを確認したら、今まで真奈美に嵌められた者の画像が大量に出てきたよ。これはもう犯罪レベルだ。救いようが無い……」  大きな溜息と共に、吉岡常務が吐き出す様に言って、上等であろうスーツで包まれた肩をがっくりと落とした。  それを見て、京介が彼に哀れむような視線を向ける。
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