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恋の色をのせ、届く便りは
二人は最後まで私に頭を下げ、真奈美さんについては帰り際もずっと泣き続けていた。
目も顔も腫れ上がった姿は、痛々しいとさえ思えるほどに。
やった事は許せるものではないけれど、そんな彼女の姿を見て、私は最後まで責める事が出来なかった。
私自身にも、非が無いわけではないとわかってしまったからだ。
京介のスーツについていたあの甘い香りも、常務の名前で呼び出されたとき、彼女に無理矢理隣に座られ移ったものだったらしい。
確かに強めの香水ならば、横に居るだけでも生地が香りを吸ってしまうだろう。
だけどその香りの意味を、私は彼に尋ねなかった。
『画像』という証拠があったとしても、京介から真実を聞かされるのを恐れて、逃げた。
返事が少なかったのも、頻繁な常務からの呼び出しと、丁度仕事の多忙期が重なったことかららしい。
返らない返事、スーツに纏った甘い香り、送られてきた画像。
無理矢理にでも問いただす事は出来たはずなのに、彼から告げられる別れが辛くて、言われる前に自分が先に行動を取った。
その結果受けた傷は、真奈美さん一人のせいではないのだろう。
「これで、誤解は解けたか?」
京介が、以前は見慣れていた余裕たっぷりの笑顔で告げる。
それから、ここに至るまでの経緯を改めて説明してくれた。
私からあの画像が送られてきたことで、京介はすぐさま常務の名前で呼び出されていた人達と連絡を取り、彼らと自分の状況を照らし合わせた事。
そしてその中で、真奈美さんの誘いを断った者だけが、何らかの被害を受けていた事などを。
「あまり大きな声では言えないが……吉岡真奈美は他にも色々とまずいことをしでかしていてな。怒りにまかせて調べ上げたら、その辺も面白いほど出てきたよ。おかげで、あいつらに直に頭を下げさせる事ができたわけなんだが」
「……うん」
「なあ千尋、……これで、戻って来てくれるか?俺の所に」
そう言って、京介が両手を広げながら私の前で笑う。
それを見て、後から後から、涙が零れた。
止めようとしても、止められない。
気持ちも、想いも、全てが溢れていくようだった。
そして私は泣きながら、彼の腕の中へと飛び込んだ。
「っ……ごめんなさいっ。ごめんなさいっ」
貴方に、確かめなくて。
勝手に傷ついて、勝手に逃げて。
―――ごめんなさい。
謝り続ける私の身体を、京介の腕が囲い込み、ふわりとした温もりに包まれる。
彼の唇が、そっと私の耳朶に触れた。
「謝るな。傷ついたのはお互い様だ。俺も連絡を怠っていた。悪かった……だけどもう、離さない」
耳元で、囁かれた声が嬉しくて、幾つも涙が零れ落ちる。
そんな私の手を取って、京介がスーツのポケットから何かを取り出し指に通した。
薬指に嵌ったそれが、部屋の明りできらりと瞬く。
「千尋、結婚しよう。もう二度と、離れる事の無いように」
再び強く抱き締められて、告げた彼の言葉に、私はキスで、返事を返した。
二度と、彼の腕に抱かれることは無いと思っていた。
けれど彼が送ってくれたメールが、壊れかけた気持ちを癒やしてくれた。
想いの込められた便りが届く度、恋心はあるべき姿に戻っていって。
恋の色をのせたメールは今日も、私と彼の間で、ひらりひらりと繰り返される――――
<終>
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