懐かしい温度

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懐かしい温度

ーーーーー 差出人:桐島 京介 ○月○日○曜日 13:11 件名:今日 帰りに付き合え。 ーーーーー  二週間目。  休憩時間を終え、戻ってすぐに届いたメールを見て唖然とした。  こんな事を書いたところで何にもならないのに、それを知っているはずなのに。  どうして彼は。  私が『メールを読んでいる』のを前提で送ってきているのだろう。  京介とは仕事以外の話をしていない。  不自然ではない程度に、彼と他の社員の雑談に相槌を打ったりはしているけれど、その中にも気付かせる所は無かったはずだ。  机の下でさっと携帯の画面を閉じ、遠目に京介の様子を伺う。  普段と変わったところは無い。  淡々と仕事をこなしている風に見える。  ―――今更、二人で会って何を話すというの?  私にあんな真似をしておいて、裏切っておいて、婚約破棄はしていないだなんて、どんな気持ちで口にしたの。  私が知らないとでも思っているのだろうか。  彼の裏切りを。  彼は知らないのだろうか。  私が彼の裏切りを知っていることを。  私は心で頭を振って、今日は会社の裏口から帰る事を決めた。 ーーーーー 差出人:桐島 京介 ○月○日○曜日 18:37 件名:帰りに付き合えと言ったはずだが 今から行く ーーーーー  裏口から出て、帰宅したところで携帯が鳴り響いてビクついた。  見たくないと思いつつも、身体は意に反してそれを確認する。  『今から行く』という言葉を目にして、一瞬意味がわからず瞬いた。  今から?  行くってどこへ?  ―――っここへ!?  意味を理解して青褪める。  従業員名簿か何かで住所を調べられたのだろうか。  幼馴染だから、まだ実家にすら引越し先は伝えていなかった。  真っ先に当たられるのが目に見えていたから。  でも……従業員名簿なんて、なかなか見せてもらえるものでは無いのに。  京介の事だから、あまりよろしくない手段まで使ったのかもしれない。  目的の為には手段を選ばない、そんな冷徹な部分もあったから。  本社で彼が若くして役職につけたのも、そういう部分が起因しているのだろう。  まさか自分にそれが発揮されるとは、夢にも思って無かったけれど。  慌てて、ボストンバッグに着替えを詰め込み部屋を出る。  住所を知られた以上、暫くはここに帰れない。  足りないものは買うしかないかと諦めて、ドアの鍵を閉めた、その時だった。 「また、逃げる気か?」  背中側から声がして、途端に感じた誰かの体温。  声で彼だと理解したのか、懐かしい温度で彼だと理解したのかは―――わからなかった。
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