1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
回龍は、山で出会った男の案内で、彼が住む家にやってきた。
「おかえりなさーい」
「おかえりなさい。信楽さん」
先に男が入ると、中にいる者たちから、出迎えの声が聞こえてくる。
「ただいま。お客様だよ」
「こんな夜遅くに?」
「あぁ。……人間だが、この人は大丈夫だから。すみません、どうぞお入りください」
信楽と呼ばれた男は、回龍に入るように促す。大人しく従い、家の中を見た回龍は、思わず口をあけた。
そこには一つ目の寺小姓の姿をした子供と、ろくろ首の女がいた。
「驚かしてすみません」
信楽は回龍に謝った。回龍は信楽に視線をやる。
「……そなたも、妖怪なのか?」
「はい。私は狸です」
ぽんっと信楽は、狸の耳と尻尾を出す。
それを見て、回龍は目を輝かせた。
「本当にいた! 妖怪は実在した! まさか、この目で本当に見ることができるとは! 怪異を体験するよりも、素晴らしい!!」
回龍は心底、嬉しいというように声高く笑う。
四人は囲炉裏を囲んで座った。
「どうぞ」
「すまないな。えっと……」
「申し遅れました。おゆき、と申します」
「感謝いたす。おゆき殿」
回龍は、茶を淹れてくれた、ろくろ首のおゆきに、礼を述べた。すると、おゆきの隣に座っていた、一つ目小僧が手を挙げる。
「ぼくは真眼といいます。真に眼で真眼です」
「おぉ! 良き名ではないか。真実を見抜く眼か。それだけ大きければ、隠し事はできんな。アハハハ!」
回龍は真眼の名前を褒めながら、おゆきが入れた茶を飲む。
信楽は回龍に頭を下げた。
「先ほどは名乗らず、申し訳ありませんでした。改めまして、私は化け狸の信楽と申します」
「名乗らなかったのは私も同じ。旅の僧侶をしている回龍だ。して、みたところおぬしたちは人間を嫌っておるようだが」
回龍の言葉に、三人は目に見えて沈んだ表情をする。
「えぇ。はるか昔、妖怪と人間は共存していましたが、今では迫害の対象となってしまっております。我々、三人はそれぞれ住んでいた場所を追われ、ここに住んでいるのです」
「そうであったか……」
回龍は悲しそうに目を伏せた。
自分たちと見た目が異なるものを弾き、差別をしたくなるのは人間の性だ。どの人間も心のどこかで差別をして、自分が優位でありたいと願う。
「この中で人間に化けられるのは私だけなので、時折、裏で育てている野菜を売りに行くのです。ですがそのとき町で我々のうわさが立っているのを聞いて、正直、肝を冷やしました。ここを追われてしまえば、もうどこにも行き場がありませんから」
「なるほど。わたしをここに招いたのは?」
「他意はありません。実際に、この山には凶暴な獣が多いので、危険だと思ったのです」
「親切だのぉ。よし、ならば私が一肌脱ごうではないか!」
回龍の言葉に、三人は目を瞬く。
「私にこうして宿を貸してくれたのだ。その恩を返さないわけにもいくまい。私が町へ行き、妖怪たちは退治したと宣言しようぞ」
「ほ、本当でございますか!」
信楽は立ち上がって、回龍の手を握った。
「そうしていただけると、助かります! そうすれば、私たちは平和にすごせます!」
「任されよ!」
回龍は力強く宣言した。
「おゆきさん、ぼくたち、もう怯えなくていいの?」
「そうよ、真眼。回龍様が、どうにかしてくださると」
「やったー!」
真眼は両手を挙げて喜ぶ。おゆきは深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます。まだ人間の中にはあなたのようなお方がいるのですね」
「私からしたら、そなたらに出会えたことが、なによりも喜ばしいことだ。しかし、なにか証拠が欲しいのう」
「でしたら、ちょうどよいのがあります」
おゆきは奥の部屋から箱を持ってきた。
「この中に、首が入っています」
「首?」
「ろくろ首の中には、私のように首がつながっている者もいれば、首だけ飛ぶ者もいるのです。これは後者のほう。実は私を追って、ここまで飛んできたのです」
おゆきは、箱をそっと回龍に差しだす。
「おゆきに恋焦がれるあまり、ろくろ首になってしまった男の首でございます。しかし、すでに死んでおります」
回龍は箱を受け取り、しげしげと眺める。
「うむ。しかし、顔はどうなのだ? おゆき殿のように、ただの人間の顔では、そこらの野盗の首を捕ったと思われかねんぞ」
「ご心配には及びません。そいつの口には、人間にはない鋭い牙があります」
「そうか! ならば、問題ないな」
回龍は、首の入った箱を忘れないように、自分の荷物のそばに置いた。
「今日はもう遅いですから、おやすみください。どうぞ、奥の部屋をお使いくださいませ」
「回龍さん、一緒に寝てもいいですか?」
「勿論だとも!」
回龍は真眼と一緒に床についた。
翌日、三人に見送られ、回龍は下山した。そして町でこう言った。「山に住む妖怪は、この雲水、回龍が退治した」と。
最初のコメントを投稿しよう!