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昔、滝国近という武士がいた。しかし、天下を分ける大戦にて、仕えていた家が滅んでしまった。
そのため国近は浮世を捨て僧となり、回龍と名乗り、諸国行脚の旅をすることにしたのであった。
「今度こそ、私の夢は叶うだろうか」
回龍は子供のように無邪気な表情で、町で聞いた噂の元に向かっていた。
回龍は幼い頃から、大の怪談好きであった。愛読書は妖怪たちが次々と現れ、主人公の源太郎に勝負を挑むという『物怪録』。
自分も、物語の主人公のように、妖怪たちと対決するのが、彼の夢であった。
回龍は旅の道中、さまざまな怪異の噂を聞いては、その場所に出向いていた。しかし、一向に本物には出会えずじまい。
彼が今回、町で聞いた噂は、妖怪一家が山中にいるというもの。回龍は聞いたその日のうちに、山の中に入った。
「……うーむ。山中に出るとは聞いたが、そのどこら辺に出るかまでは、聞いておらんかったな。いやー、うっかり。うっかり」
辺りはすでに暗くなってきており、下山するにも足元が心もとない。
「しかたない。野宿をしよう」
先ほど、近くに川が流れているのを見つけた回龍は、食料捕獲を兼ねて川へ向かった。
川岸に荷物を置き、道中で集めてきた薪に火をつける。そして太く鋭い枝を持って、川へと入る。
「――そこだっ!」
掛け声とともに、枝を突き刺す。川からあげると、一匹の魚が突き刺さっていた。
「上々だな」
回龍はポイッと取った魚を焚き火のそばに投げると、今と同じ要領で次々と魚を仕留めていった。
「これくらいあればいいだろう」
ほどよいところで切り上げ、魚を焼いていく。
魚が焼けるまでの間、回龍は日記帳と筆を取り出して、書き込んでいく。
「町で、ろくろ首の、噂を聞いた。しかし、いまだに、ろくろ首にあえず。此度は、本物の怪異であることを望む。こんなものでよいか」
書き終えたところで魚も焼け、回龍は魚に食らいついた。
無心になって食していると、木の陰から薪を背負った一人と男がじっと回龍のことを見ていることに気がついた。
「おぬし、何者だ。なにゆえ、そのようなところにおる」
「も、申し訳ありません。このような山中に、人がいるのは珍しいことでしたので」
回龍に言われて、男はおずおずと陰から現れた。
回龍は男に手招きをする。
「そのようなところにおらず、こちらへ参れ。魚で良ければ、食すといい」
「で、ですが……」
「よいよい。はよう、こちらにきやれ」
にこやかに手を振る回龍に、男は困った顔をしたまま近づいた。
回龍は男が自分の向かいに座ったのをみて、魚を差し出す。
「ほれ、食え」
「あ、ありがとう、ございます」
男は小さくはにかみながら、魚を受け取った。
「おぬしは、このあたりに住んでおるのか?」
「は、はい。ここからもう少し奥に行ったところに、居を構えております。あばら家同然ですが」
「ほう。ならば、妖怪一家の噂は聞いたことはないか?」
「妖怪一家ですか?」
「町で聞いてな。それで、わざわざこのような山に来ているのだよ。で? 知らんか?」
回龍はグイッと男に迫る。焚き火越しとはいえ、火が余計に回龍の強面の顔を演出している。
「た、た、しょうは」
男はどもりながら答えた。すると回龍は、瞳を輝かせる。
「真か! どのような噂だ!? どんな妖怪たちが住む!」
「あ、あ、あぶ、危ないですよ!」
回龍は火があることを忘れているのか、どんどん迫ってくる。男は回龍の肩を掴んで押さえ込んだ。
「そんな、たいしたことではありません。ただ、狸や一つ目、ろくろ首が住んでいると、聞いたことはあります」
「そうか。そうか! ますます楽しみだ!」
「……なぜ、です?」
「ん?」
「なぜそのように、楽しげなのですか? 妖怪を滅するおつもりか?」
男の言葉に、回龍はどこか棘を感じた。だが気にすることなく、笑顔で答えた。
「滅するなど、とんでもない。私はただ怪談が好きなのだよ。ゆえに、本物にあってみたいだけだ」
「そう、ですか」
男はそれきり黙りこんでしまった。
回龍も何も言わず、黙々と魚を食べ続ける。
「ふー。食った、食った」
火を消し、片付けを終えると、回龍は適当に寝転がった。それに男はぎょっとする。
「まさか、このままここでお休みになられるおつもりか!?」
「そうだが、なにか問題があるのか?」
「問題大有りです。この山には妖怪だけでなく、凶暴な熊や狼もでるんですよ!?」
「大丈夫だ。妖怪がきたらうれしいし、熊や狼ならば、退治してさしあげよう」
「なにを馬鹿な」
「それに野宿は慣れておるのでな」
回龍の言葉は本心だった。武士の頃、戦になると戦場での雑魚寝が当たり前であったため、野宿に関しては特に苦であると思ったことは一度もなかった。
「……ならば、我が家へおこしください」
「ん?」
「少なくとも、屋根と布団は用意できます。行きますよ」
男の有無を言わせない発言に、回龍は仕方なく承諾した。
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