五章  神隠し

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「さて、何から話すべきなのか…、とりあえずふたりが紛れ込んだ異界の話からしようか。乙哉は聞いたことがあるようだが…」 「俺もたいして知らない。昔俺らのジジィが話して聞かせてきたことがあるだけだ。神籬には、常世――あの世とこの世の境目にもうひとつ層があって、生者が時折誤って紛れ込むことがあるって話だったと思う」  巴がなにか文句をつけたそうな顔をしたが、湍はそれを目だけで制した。 「そうだ。それが一体何なのかは調べようがないが…、おそらく神籬町全体が日の当たる実体の姿だとしたら、その異界はそっくりそのまま神籬に重なる影なんだと思う。そのせいで今回のように何かの拍子に反転しやすく、霊能のあるなしに関わらず人が迷い込むことがある。神籬内において神隠しといえば、ほとんどがそのせいだと言われている」  乙哉が眉をしかめて口を開いた。 「だけど、俺今日までそんなこと思い出さないくらい、神籬で変わったことなんかなかったぜ?まわりで誰かが消えたって話も聞いたことがない。いくらはみ出し者の俺でも、そんな事件がありゃあ、さすがに耳にくらい入るだろ」 「反転しやすいといっても、そう頻回に霊界への扉が開くわけじゃないよ。…これまではね」 「これまでは?」 「ちょっと待って」  乙哉の疑問を遮り、厳しい顔つきをした巴が口をはさんだ。 「湍くんには悪いけど、やっぱり一言言ってやらなきゃ気が済まないわ。乙哉アンタね、なに他人事みたいな顔してるのよ。常世境(とこよざかい)を詳しく知らないのもそうだけど、これはアタシたち御三家の大切なお役目に関わってるのよ?」 「あ?」 「お役目って!さっき湍先輩に伺った話では、御三家は町の幸運の運気を守るためにそれぞれのお家の神様を祀っているってことでしたよね?」  巴の剣幕につられるように剣呑な顔つきになった乙哉に不穏な気配を感じた宏行は、場をとりなすように急いで口をはさんだ。湍が冷静に言葉を繋ぐ。 「そう、基本的には家と社殿を守り、町の季節の神事を執り行うのが主な役割だ。当主といったって、神社の神主さんみたいに神職資格を取る必要もない。だけど神籬全体の動きには常に注意を配っている。それは神事と違い大っぴらにはされていないが、心霊的なトラブルの解決や荒事を請け負ってもいるからなんだ。常世境を行き来するからなのか、この地特有のものなのか、町には怪異と呼ばれる現象がままある」 「はぁ~…」  宏行は気の抜けた声しか出ない。 「そう、アタシたちは昔からそのために修行してきた。乙哉、アンタあまりに自覚が足りなさすぎよ」 「…身内だからと庇うわけじゃないけど、知らないのは乙哉だけのせいだけではないよ。そのへんの事情は巴も知るところだろう。なんにせよここで責めても仕方ない。――話を続けさせてくれないか」 「あ、わ、わかったわ、ごめんなさい湍くん…」  思わずといった様子で湍に苛立った言葉をぶつけられ、巴が小さくなる。  湍は仕切り直すように前屈みに体勢を変え、乙哉と宏行に視線を合わせた。 「これは僕らの父…各務家当主から伝えられた話なんだが、このところ、神籬に妙な動きがある」 「妙な動き?」 「先日…っていっても昨日か。僕は古賀くんに、神籬に移住してくる者はほとんどいないと言ったね。でも、正確にはこれまではという意味で…最近妙に外からの移住者が増えている。どうも神籬内で新たに興った宗教団体への加入目的で来ているらしい。もっとも、それ自体はさして問題じゃないんだ。神籬といえど、当然信教の自由は認められているし、たとえうちから宗旨変えしたって、我々のお祀りする神は、信者に罰を与える性質を持たない。ただ、参拝にみえる住民の人たちの話によるところでは、そういった人々が忽然と姿を消しているようなんだ。報告のあった移住者の大多数が個人世帯なせいで詳しい事情がわからないし、被害届けが出ている様子もない。…表立っていないだけで、神籬内での行方不明者がかなりの数いる可能性がある」  湍以外の誰も言葉を発さない。乙哉も巴も宏行も息をつめ、口をはさまずに聞いていることしかできない。 「だが、もしこれらが関連していて、原因が神隠しに因るものなら我々の領域だ。本家の人間が調査中で、はっきりしたことはまだ何もないに等しいんだが…、巻き込まれる可能性もあるし、警戒するに越したことはないと思って乙哉にも伝えようとしてたんだよ。まぁ、今回に限って言えば…中学生の園部くんがその団体に関係しているとは考えにくいけどね」  新興宗教、行方不明者、被害届――、さっきまで目に見えない神霊や呪いの話をしていたのと一転して、妙に現実味を帯びた、それどころか犯罪が絡むような話になってきた。しかしこれらも実態がわからないという点では等しく空恐ろしく、不気味といえた。
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