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四章 邪視
宏行が目を覚ました時、そこはカーテン越しに陽の差し込む白い部屋だった。消毒液の匂いが鼻をつく。どうやら病室のベッドに寝かされているらしい。
仰向けのままぼうっと頭を働かせ最後の記憶を辿る。非現実的な体験。どこまでが夢だろうと考えたが、頭の中の光景も感じた恐怖も生々しい。
そっと身を起こすと右脇腹が鈍く痛んだ。乙哉が宏行をかばい遠ざけた時のものだ。
あのあと、なぜか突然現れた湍らを前に分が悪いと踏んだのか、乙哉の術で弱った元・園部だった鼠は、霧のように立ち消えた。
たった一人で前方に躍り出た見知らぬ女の子は、深追いしないことを湍にすばやく告げた。湍が頷き、両手の指でなにか印のようなものを結ぶと、あたりが白く包まれた。宏行が目を白黒させている間に、周囲は中庭の景色に戻っていて、疲れ切っていた宏行は糸が切れたように、そのまま意識を手放した。
その時、カラリと控えめな音が立ち、出入り口の扉が開かれる気配がした。
ベッドとの間を隔てるカーテンを静かによけ、そこに立っていたのは湍だった。
湍は宏行が起きていることを確認するとほっとした顔をして、次いで申し訳なさそうに眉を寄せた。
「よかった、目が覚めたんだね。お医者さんが寝ている間に軽めの鎮静剤を注射したと言っていたけど、気分はどうだい?妙なことに巻き込んでしまって悪かったね」
「いえ…僕は大丈夫です。それより乙哉くんは…」
「乙哉は隣の個室に居るよ。今さっき目を覚まして、二言三言話してもう一度寝たけど元気だよ。命に別状はない」
湍は近くの丸椅子を引き寄せ座った。乙哉の無事を聞き、宏行はほっとして言った。
「よかった、彼、僕を敵から遠ざけてくれたんです。あれからどうなったんですか、学校は?」
「今日は全員早退だよ。あの後、救急車を呼んで搬送したりしてかなり慌ただしかったけど、ギリギリ授業の終了時間までに運び出せたから、大多数の生徒に見られずに済んだと思う。さすがに教師陣に事情を聞かれるのは免れなかったけど」
「…あの状況をなんて説明したんですか?」
宏行の純粋な疑問に、湍は頬を掻いて苦笑した。
「うん…まぁ、きみらの周りで伸びてる生徒がいたし…、喧嘩中に起こった突発的なパニックや集団ヒステリーじゃないかって感じで誤魔化した。だいぶ苦しかったけどね」
ちなみに、ここは御三家の息のかかった病院であり、いくらか事情にも通じているため追及される心配はしなくていいと湍は言う。
「…ご迷惑をおかけしたみたいで…。ところで、先輩方はどうしてあの場に駆けつけて来られたんですか?いやそれよりも…さっき起きたことは何だったんでしょう。園部がどうなったのか、あの場所が何なのか…、乙哉くんが境界だとかって言ってたんですけど、僕もうわけがわからなくて…」
「落ち着いて。古賀くんは巻き込まれた身だし、誤魔化さずにできるだけきちんと説明したいと思っている。僕たちの方からもきみに確認したいことがあるしね。ただ、話すなら弟も一緒の方がいいと思う。…乙哉のほうが疲弊が強いみたいなんだ。あいつはタフなのが取り柄だからすぐ回復するとは思うけど…、同じ病み上がりなのに申し訳ないが、あとで乙哉の病室に来てもらえるかな」
「勿論です!僕も乙哉くんに会いたいですし」
宏行が急いで言うと、湍はにこりと微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ先に、乙哉の前じゃ話し辛いことを確認させてくれ。…あの異界で、乙哉はなにかやらかしたかい?具体的に言うと、右眼が関わるような」
「右眼……」
宏行はなるべく詳細にその時のことを思い出そうとした。慎重に口を開く。
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