2人が本棚に入れています
本棚に追加
今日はバイトの日だった。学校が終わると即座に仕事に行って、夜の10時まで働く。仕事の内容は、運送会社の貨物仕分けだった。
「お疲れ様です」
疲れた体に鞭を打って駅までの道をトボトボと歩いていると、前を、どこかで見たような女性が歩いていた。
「あ…竈門さん?」
学校と同じように、楓は猫のように肩を…全身をびくりと震わせてから振り向いた。
「橋田君…家、この辺なの」
「仕事の帰りで、家は二駅先…竈門さんは?」
「この近く…ね、本当にペーパーフォルダの中身、見なかったの?」
楓は唐突に思い出したように慎に迫ってきた。
「……」
「ねえ、どうなの?」
「…ごめん、興味があったから…」
あまりにも真剣過ぎる眼差しと鬼気迫る口調に、慎はあっさりと屈服した。
途端、楓はその場でずるずると頽れて地面に膝をつき、その時になって初めて、慎は通りを歩く人々から注目を集めていることに気が付いた。
「と、取り敢えずこっちに来てくれよ」
楓の手を引いて近くの公園ベンチに座り、自販機でココアを買って、今にも泣きだしそうな楓に渡してから隣に座った。
「勝手に見て悪かったけど、おれ、竈門さんの絵、凄い好きだよ」
「…勝手に見られた絵を称賛されても、嬉しくも何ともないわ」
「そうだけど…すごい真に迫っていて、ノートから飛び出してくるんじゃないかと思った」
「…バケモノの絵ばっかり描いていて変な奴、と素直に言えば」
「誰もそんなこと言ってないだろ。おれは素直に、竈門さんの描いた絵が好きだ」
「……」
「女の子って、もっと可愛らしい絵が好きかと思ったんだが、違うんだな」
「私は変人だからね…絵の事、誰にも言わないでね」
「誰にも言ってないしこれから先も言うつもりはない…」
慎が言い終わるよりも先に、楓は立ち上がって言った。
「ココア、有難う。また学校でね」
それだけ言うと足早に、まるで逃げるように楓の姿は人ごみに紛れて見えなくなった。
最初のコメントを投稿しよう!