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単なる噂だよな、と思いつつ仕事をしていると、上司の元町が、慎に尋ねてきた。
「橋田君、忙しい中悪いんだが、この荷物を5丁目のサービスセンターまで届けてもらえないか?客からこの荷物を5丁目のサービスセンター引き取り指定されていたのに、間違えてこっちに来ちゃったんだよ」
5丁目のサービスセンターって、確かホテル街を通るよな…。
「…判りました」
「本当に悪いね。途中で休憩して、何かを食べてきてもいいから」
元町は慎が何かを言う前に、慎の制服胸ポケットに5千円札を捻じ込んだ。
バイクか、せめて原付の免許でも持っていればさっさと届けて戻ってこれるのだが、慎は持っていなかった。せめて自転車でも、と思うが、5丁目のサービスセンターは途中繁華街を通る。通行人に注意を払いながら自転車で通行すれば、下手すれば歩くよりも時間がかかってしまうから、徒歩で行くしかなかった。
荷物を届け、せっかく元町から金と許しを貰ったのだからちょっと休憩でもしよう、と途中のホテル街に外れにある喫茶店に入った。
「いらっしゃい…」
店に入ると、バーカウンターの向こうにいた店員、胸の名札には『店長 張本』と書いてあった、が胡散臭そうに慎を見た。
「…?」
ゆっくり背凭れにもたれかかって休憩したかったからブース席に座り、店員が運んできた水を飲みながら店内の様子をなんとなく観察した。慎の他は、一目見て堅気ではないと判る男達しかいなかった。
「…しまった…」
慎は小声で呟いた。この店は、その筋の人間御用達だと気付くのにそう時間はかからなかった。適当にオレンジジュースを注文して店をさっさと出て行こうと思ったのだが、慎の背後のブースに座った男たちの話が聞くともなしに耳に入ってきて、慎はその席から動けなくなった。
「…ドクターはなんだって?」
「楓は今月一杯使えないって話ですよ」
「なんだ…あいつが一番の稼ぎ頭なのにな。ガキを堕ろしただけだろ」
「ドクターの話じゃ、今回はガキが大きくなり過ぎたそうです」
「…へ~…」
「それにしても、あんなガキがなんで…」
「金のために男に股開いてしゃぶっているか、だろ」
「はあ…」
「親父だよ、親父。あいつのクソ親父がうちの組に百万単位の借金作ってさ、それをあのガキが返しているってわけだ」
「その親父は…」
「逃げたよ。娘を薄汚い売春婦にして、そのまま女と逃亡。可哀相な娘は、たった一人で返す羽目になったってわけだ」
「それなら、学校なんか行かせないで…」
「お前も頭悪いな。今どき、売春婦でもそれなりの知識学歴が無いと男に選ばれねえんだよ。高校までは出してやらねえと、満足に稼がせられねえ」
「あ…だから今は、兄貴の家で囲っているんですね」
「おう。監視の目的も果たせるからな」
「さすがは兄貴」
「伊達に国立大学を卒業していないですね」
「今どき、稼ぐには頭を使えってな」
店を出る時、慎は兄貴と呼ばれていた男の顔をちらりと見た。
「…あ…」
楓がノートに書いていたバケモノと瓜二つだった。
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